衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年10月05日    月曜日     第2開示 合計2678開示

意識の知が意根を熏染して初めて有用となる

多くの人が心に悩みを生じ、自分にも他人にも良い影響を与えず、意識はそうすべきでないと分かっていても、どうすることもできない。意識は意根をコントロールできず、ただ意根が煩悩を現行させるままに任せ、意根の言いなりになるしかない。意識はすべきでないと分かっているが、その理解が緻密でなく、意根は知らないので、煩わないようにしようと思ってもできない。意識はよくよく思惟して意根を熏習・染めつけるべきであり、意根が理を明らかにすれば、意識は意根をコントロールでき、煩わないようにすることができるのだ。

意根は無明の煩悩を帯びて後世へ行くのであって、意識が後世へ行くのではない。だから意識が学び、知り、理解したことは、どのみち必ず意根のところに届けなければならない。そうでなければ、意識が消滅した後、意根は無知無識のまま投胎することになり、良い果報は得られない。藪の中の二羽の鳥よりも、手の中の一羽の鳥の方がましである。意識が知り、理解し、学んだことが、倉庫に送られなければ、意識が消滅した後、後世に用いる種子がなくなり、それは惜しいことではないか。

——生如法師の開示
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