衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年10月10日    土曜日     第2開示 合計2689開示

身口意行を管理する鍵

自分の心の意根をうまく管理できれば、六識の身口意の行いをうまく管理できる。阿羅漢の意根はとっくに調伏され、煩悩を断ち尽くし、世間に対する未練や貪愛はなく、三果から心が解脱し、身口意の行いは清らかである。普段、外に出て托鉢乞食する際は、目は前方の一尺の地を見て、眉を低くし目を伏せ、左右や他方を顧みず、眼は乱りに触れず、心は乱りに思わず、一心あるいは無心である。眼がやむを得ず色塵に触れる時は、色を知ったら即座に止まり、受想を生ぜず、さらに取を生ぜず、業種を残さず、後有を受けず、四大威儀は、人天の大衆を感動させる。

もし外境の熏染があっても、意識も熏染を受けず、意根もさらに熏染を受けない。たとえ意識に微動があっても、意根は動かない。煩悩を断じ尽くしたからである。意識によって督促・監督・調節する必要はなく、かえって意識を調節できる。しかし、修行が比較的上達した凡夫の衆生は、意識を用いて常に意根を督励し、意根を調節し、意根を制限しなければならない。なぜなら、意根は熏染を受けておらず、調節しなければ苗稼を犯し、本性が露呈してしまうからである。だから、いつも意識で自分に注意を促している人は、修行はまだ程遠い。ましてや意識さえも迷茫してはっきりしない人は、そもそも修行など語るに及ばない。ただ意根が熏染を受けた後に、無明を破り除いてこそ、身口意の行いは徐々に清らかになり、自動的に自覚し、見守る必要がなくなる。

——生如法師の開示
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眼根が色塵に触れる原理

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色蘊と色塵の区別

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