色塵は四大から構成される物質的な色法であり、無情物であり、認識され作用される対象であって、能動性がなく、自我性がなく、無明や煩悩もなく、清浄か不清浄かということすら論じられない。
色蘊は色塵の上における蘊集の作用であり、色塵自体には能動性がないため、蘊集の作用もない。識心が色身に加える一種の機能作用であり、識心に推動された色身を色蘊と呼ぶ。識心が色身に作用すれば、色身は生き生きとした生命体となる。識心が作用していない色身は無情物であり、死体であり、色塵の一つである。識心が色身に作用することは、すなわち身口行であり、行があれば業があり、業があれば業種が残され、このようにして業果が蘊集され、後世には苦果と楽果および不苦不楽果がある。
3
+1