衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年10月22日    木曜日     第3開示 合計2730開示

話頭を参ずるには未到地定 (anāgamya-samādhi) と初禅定が必要

問:もし見道が未到地定、初禅、二禅、三禅、四禅において必要であるならば、禅宗の参話頭による開悟見道は、仏理にかなっているのでしょうか?

答:参話頭は未到地定と初禅がなければ参じられません。ただ心の中で話頭を念じるだけでは、実は話尾を念じているに過ぎず、話頭は見つけられません。それで開悟見道などどうして語れるでしょうか。しかし初禅の前にこそ参禅でき、悟りを得ることができるのです。二禅以上では五識が消滅し、意識も微弱になるため、参禅はできません。ただ意根が話頭によって非常に深く熏習されていれば、もしかすると単独で参じられるかもしれません。過去の禅宗の祖師たちが悟りを得たのは、みな初禅より前の定の中でした。彼らは座禅によって静定を修めるだけでなく、日常の活動の中でも参禅しており、この二つの定が相まって初めて悟りが速くなるのです。そのうちの一つだけでは、悟りを得るのは比較的困難です。

——生如法師の開示
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