真如とは、法界の本来の姿、法界の真実にして不変なる存在、法界の如実なる実在性、法界の本然性を指します。法界とは諸法の境界、諸法の限界、諸法の界定を意味します。諸法の実質は全て第八識に帰一し、全て第八識の性質であります。
何故諸法は全て第八識の性質なのでしょうか。それは諸法が全て第八識によって生じ変じられ、第八識が諸法を円満に顕現し、業種に従って如実に現出し、法界の法則と運行原則に背かないからです。運行の中にあって、心は諸法に動かされず、本心の清浄無垢性を保ち、本来の真実不変性を保持し、如如不動性を維持します。
諸法にはそれぞれ世俗的な法相があるものの、実質は依然として第八識の相、すなわち真如の相と真如の性であります。故に一切の法を一真法界と総称します。諸法は表面的には生滅変異を繰り返し、動いているように見えますが、実は全て動かず、増減せず、変異しません。世俗界が如何に騒ぎ動こうとも、法界は本来のまま、静寂に満ち、寂然として動きません。それならば我々は何を騒ぎ、何を求め、何を執着する必要がありましょうか。心を平らかにし、縁に随って日々を過ごし、しかも日々を過ごすという意識すら持たなければ、真如の性に合致し、寂静の解脱を得るのであります。
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