衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年10月27日    火曜日     第4開示 合計2742開示

外道が修する四禅八定には用があるかどうか

誰であれ、四禅八定を修得すれば、煩悩と性障 (kleśāvaraṇa) を効果的に降伏することができ、見道の障害はずっと少なくなります。三十七道品はすでにその大半を修えており、ただ見道の正知見が不足していて、欠けているところがあるだけです。もし善根と福德が具足しており、正知見に出会って疑いなく信受することができれば、智慧には遮障がなくなり、すぐに見道することもあり得ます。仏在世の頃には、多くの外道が仏の説法を聞いて、その場で法眼浄を証し、三果あるいは四果の人となった者もおり、初果・二果の者もいました。

禅定の功徳は何にあるのでしょうか。それは意根の散乱と攀縁を降伏できることにあり、六識もそれに伴って降伏され、あちこちと分別し造作することはなくなります。そうすれば心はいつでも一処に専一でき、思量 (manasikāra/manana) 性が強くなり、智慧を開発することができます。もし外道と共通する四禅八定を具足していれば、さらに仏法について思惟することで、証悟はずっと容易になります。だからこそ定 (じょう) は、一切の法を証得するための必要かつ必須の条件の一つであり、最も重要な直接の条件でもあるのです。

智慧は静の中、極静の中から生まれます。心を沈殿させれば清浄 (viśuddha/pariśuddha) となり、清浄から智慧が生まれます。濁った水は志を乱し情を傷つけます。もし禅定を修めずに証果・明心しようと望むなら、それは絶対にあり得ないことであり、得られるのは泡のような実であって、実用価値はなく、長く見ていればやがて破滅します。

——生如法師の開示
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