衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年12月05日    土曜日     第2開示 合計2869開示

恒河沙の妙理を憶持するも、ただ戯論 (prapañca) に過ぎない

楞厳経の中で仏は阿難に言われた:汝虽忆持十方如来十二部经清净妙理,如恒河沙,只益戏论,积劫闻熏,不能免离摩登伽难。历劫忆持如来秘密妙严,不如一日修无漏业。

楞厳経のこの一節は、まさに現今の学人の修行における痛点を指摘している。意識心の多聞と学習にとどまるだけで、真に法のごとく修行していないのである。意根を修めなければ、意識は何劫修めたところで解脱できない。末法時期の現象はこれよりはるかに深刻であり、最も際立った特異な例は、意識の聞薫を証得と見なすことであり、誤解があまりにも大きいのに反省を知らず、死が訪れた時には、悔いても遅すぎるのである。

——生如法師の開示
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父子合集経講記(四三)

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