衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年12月01日    土曜日     第4開示 合計1060開示

第八識が共用されない証拠

衆生の第八識は修行によって三つの無量劫を経た後、七つの識の無明が断じ尽くされ、最後の転識成智が行われ、第七識は平等性智となり、第六識は妙観察智となり、前五識は成所作智となる。これと同時に第八識は大円鏡智 (ādarśa-jñāna) に転換され、円満なる光をもって一切の法を照らし、もはや七識の染汚種子による制限や遮障を受けることがなくなる。八つの識が共に仏道を成就し、この衆生は成仏して、三大阿僧祇劫の成仏への道を歩み終え、もはや修行する必要がなく、無学 (aśaikṣa) の三界の尊となる。一方、まだ成仏していない他の衆生は、その第八識がまだ大円鏡智に転換されておらず、七つの識の染汚種子をなお含んでおり、垢を含んでいるので、無垢識 (amala-vijñāna) ではなく、その智慧の徳能は七つの識の染汚種子によって遮障され制限を受け、円満なる光をもって一切の法を照らすことができない。したがって、衆生の第八識は共用のものではなく、一つの衆生に一つあり、仏の第八識とは名前においても機能においても区別がある。仏の第八識は二十一心所法、すなわち五遍行、五別境、十一善を具える。一方、衆生の第八識は五遍行心所法のみを有するので、その機能作用は仏の第八識である無垢識に及ばず、大円鏡智ではない。

——生如法師の開示
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一切法を証明する過程によってこそ、各人の真の智慧が示されるのである

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良い菩薩の基準は何か

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