衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2020年12月18日    金曜日     第3開示 合計2920開示

父子合集経講記(六九)

真心里には一切法がない

私たちの真心には本来、一切法がありません。『心経』に説かれている: 无眼耳鼻舌身意,无色声香味触法,无眼界乃至无意识界;无五蕴、无十八界、无四圣谛、无十二因缘、无菩萨六度、无智也无得,真に一切法を遠離し、一切法がなく、寂滅無為です。ところが私たちの心は五欲六塵だらけで、追求しているのは三界の世間法ばかりです。それゆえ喜怒哀楽が絶えず、苦受が尽きることがありません。

世間法を多く所有するほど苦が増し、解脱できなくなります。私たちは生死の苦に繋縛されているのです。色を喜び楽しむと、色に繋縛され、色身に繋縛されて、解脱を得ることができません。声塵を喜び楽しむと、声塵に繋縛されて、解脱できません。味塵・触塵・法塵を喜び楽しむと、それに繋縛されて、解脱できません。六塵の境界に対して、好むにせよ嫌うにせよ、すべてが煩悩であり、すべてが繋縛であり、解脱できず、欲界の中に留まって苦悩憂悲することになります。

真心は一切法に対して愛楽することも憎厭することもないので、いかなる法にも繋縛されず、永遠に解脱しており、生死の憂悲苦悩がありません。愛楽があれば六道に流落して苦を受けますが、真心は愛楽せず、六道におらず、六塵の境界に住して苦を受けることがありません。住すべき境界があれば繋縛されて解脱できませんが、一切の境界に住しなければ、離れて解脱するのです。だからこそ私たちの修学の目標は、真心のように、少しずつ一切の諸法を遠離できるようになり、自心を空しく清浄 (viśuddha/pariśuddha) にして、涅槃に趣向することなのです。

——生如法師の開示
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