衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2021年02月04日    木曜日     第3開示 合計3062開示

父子合集経講記(一一二)

<h2 style="text-indent: 2em;">五陰世間の一切の法、一切の業行は生滅して虚妄である</h2>

五陰世間の一切の法は生滅するものであり、識心は生滅し、色身は生滅し、識心と色身が造作する一切の業行も同様に生滅する。これらの法はすべて空であり、種子は刹那に生じ、また刹那に滅する。色身と識心は刹那に生じて刹那に滅し、幻化して実体がない。とりわけ臨終に至ると、すべてが消失し滅び、刹那の生と滅の現象さえも消え去って見えなくなる。これはいっそう五陰の虚幻さを物語っており、一法として後世に持ち運べるものはない。

一切の業行の造作には、造作者というものが一つも存在しない。なぜなら識心には自主性がなく、幻化したものであるからである。色身も幻化したものであり、自主性がない。身も心も幻のようであるがゆえに、幻のような身心は業行を造作することができない。一切の業行の流転にも、受報者が存在しない。なぜなら識心は幻化したものであり、空であり、自性を持たないからであって、それゆえ受報の主ではない。色身も幻化したものであり、空であり、自性を持たないので、やはり受報の主ではない。一切の色法は相であり、一切の識心は名であり、いずれも実質を持たず、ただ識心によって分別され、表示された仮の相にすぎない。

世間の財・色・名・食・睡も、同様にすべて空で自性がなく、幻化して得ることはできない。この世に生まれるとき、前世の名声を持ち込むことはできなかった。たとえ前世で国王や大臣であったとしても、この世においては、地位も権勢も一つとして持ち込むことはできなかった。前世の家族・親族・財産は、何一つ持ち込めず、この世ではまた一から奮闘し、一からやり直して、改めて財・色・名・食・睡を獲得しなければならない。この世が滅するときには、一生をかけて集めた財・色・名・食・睡、家族や親族など、すべてが消失し、一つとして来世に持ち運ぶことはできない。さらには五陰と識心も未来世へ流転することはできず、作主の識である意根を除いて、すべてがすっかり消失し尽くしてしまう。

——生如法師の開示
前へ前へ

瑜伽師地論第十巻(十二因縁)

次へ 次へ

有漏福とは何か?無漏福とは何か?

ページトップへ戻る