衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年02月21日    日曜日     第1開示 合計3118開示

修福と消福の原理

修道に用いる福は、衆生には足りないものです。だから、絶えず福を修め造り続けると同時に、できるだけ福を節約しなければなりません。福は消えるのがとても速く、福を享受すれば滅していき、自分を誇り他の人を滅ぼし、あるいは他人の誇賛を得れば、福は消化されてしまいます。悪業を造作し、瞋恨・嫉妬・誹謗・両舌・悪口をすれば、福は消えてしまいます。もちろん善業をなせば福は増えます。他人や団体に利益をもたらせば福が増え、自分の道徳品質を高め、心地を良善にすれば福が増えます。禅定は福德を増やし、多聞は福德を増やし、持戒は福德を増やし、忍辱は福德を増やし、もちろん种种の布施はなおさら福德を増やします。また、布施を多く行うのを比較的好む人もいますが、もともと福は少なくないのに、いつも福がないように感じ、何をしても順調にいかないのはなぜでしょうか。実は、この人の煩悩が重く、悪業を造る習慣があり、よく癇癪を起こし、瞋心を起こし、人を嫉妬することを好み、仕事ではいつも人を排し、争って勝ちを競うからです。勝ちを競う人は福德を積みにくく、さらに福德を消耗します。嫉妬して人を排し、他人の利益を損なうことは、もちろんすべて自分の福德を損なうことなのです。 

心善く、口善く、身善くあることが、福を積む道です。逆に、煩悩習気が重く、心地が狭隘で、口が不善く是非を搬弄することを好み、身が不善く悪行を造作することを好み、心が不善く自分の利益だけを考えるのは、福を消す行いです。煩悩は漏とも呼ばれ、煩悩漏です。この漏があると、善業は集め難く、福も積み難く、少しの福も煩悩のために漏れ出てしまいます。それゆえ福はいつも足りず、ちょっとしたことで事が起こり、心は安らかでなく、道は堅固ではありません。人は病苦に遭い、面倒や災難に遭ったとき、いつも自然に起こったことだと思い、誰にでもあることだと慣れきってしまい、なぜ病痛や挫折、种种の不都合が現れたのかを反省することが決してありません。それゆえ教訓を吸収して自分を変えることができず、そうすると苦痛や苦悩はずっと自分に付き纏い、何をしても順調にいかなくなるのです。

——生如法師の開示
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父子合集経講記(一三〇)

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法法皆是真如であることをいかに理解するか

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