答:大乗の菩薩が証悟した後、禅定に般若 (prajñā) と唯識の智慧を加えた三昧 (samādhi) を獲得してはじめて、無始無明を打破することができます。六入に随わないというのは、二つの境地があります。一つは六入を遮蔽した禅定だけの三昧の境地であり、もう一つは六入を真実と認めず、心が六入に随って動転しない、禅定に智慧を加えた三昧の境地です。第一の三昧は保持するのが容易でなく、消失しやすいのですが、第二の三昧はひとたび証得すれば、智慧は永遠に存続します。
見聞覚知を超越したと言うなら、必ず甚深な禅定の境地を離れることはできず、さもなければ見聞覚知の中にいることになります。四禅以上には見聞はありませんが、なお微細な覚知があり、無想定には六識の見聞覚知がなく、滅尽定には六識の見聞覚知がありません。これらの禅定の中で、滅尽定だけが禅定に解脱の智慧を加えた真の三昧の境地です。そして大乗法の修証においては、四地以上の菩薩は唯識の種智の甚深三昧を証得し、甚深な禅定の中で見聞覚知を超越することができ、入定していなくてもなお見聞覚知を保持し続け、ただ見聞覚知の法に対して心が動かないのです。
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