衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年06月12日    火曜日     第6開示 合計632開示

如来蔵(tathāgatagarbha)は万法に於いて心無し

問:月を見るとき、あなたの如来蔵(tathāgatagarbha)はあなたのために月の姿を現しますが、見ないときには、月はあなたにとって隠れてしまう。心の中ではまだ天に掛かっていると知っていても、それはただあなたの意識の経験による知にすぎない、と個人的にはこう理解していますが、正しいでしょうか。

答:月を見ていないときは、意根が見ようと思っていないのであって、如来蔵がわざわざ意根のために変現する必要などないでしょう。変現してみても意根が興味を示さないのなら、如来蔵が自ら趣のないことをするようなものではないか。如来蔵は決して余計なことをしない。何もなければ閑としている。要するに神様は何にも興味を示さないのだから。心の中で月が天に掛かっていると知っているというのは、これは独頭意識(mano-vijñāna-eka-citta)の知です。

——生如法師の開示
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