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日常法話

2018年06月08日    金曜日     第1開示 合計608開示

如来蔵の思心所はどのような功能作用があるのか

思心所の働きは主に抉択であり、決策と決定を行い、その後実際の行動を開始することです。八つの識はすべて思心所を持ち、すべて抉択性を備え、いずれも決定を下すことができますが、ただ抉択の内容が異なり、権限の大小が異なるだけです。八つの識は何に基づいて抉択を行うのでしょうか。八つの識が抉択を行う前に、それぞれ異なる心識活動があり、何らの心識活動もなければ、抉択を行うことができません。五遍行心所法は八つの識がすべて持っている識心活動であり、相分に対する作意、触、受、想、思といった識心活動が最後まで運行すると、了別した法に対して決定心を生じ、造作と行動を起こす準備が整います。

たとえば如来蔵 (tathāgatagarbha) の思心所の造作において、如来蔵は耳根の一部を創造した後、次の刹那にどのように残りの部分を創造するかを常に決定しなければなりません。どのように創造するか、どの位置で創造するか、どのような姿に創造するか、どのような色彩でどのような形にするか、如来蔵は絶えず決定を下し続けなければなりません。これらの決定は、如来蔵が業種と耳根の状態を了別する際になされるものであり、その了別の過程には業種に対する作意、触、受、想、思の識心活動があり、また耳根のすでに変造された部分に対する作意、触、受、想、思の活動もあります。そして、それに応じた部位に業種に応じた地水火風の四大種子を出力し、耳は徐々に形成され、完成していくのです。

また、太った人が減量しようとする場合、如来蔵は意根に随順し、業種と現行の業縁に基づいて、四大種子の出力を決定し、色身から四大の微細な粒子を吸収し、四大種子の比率構造と配列を絶えず変化させると同時に、七識に配合して身体運動を行い、食事の構造を調節し、最後に身体は変化します。もちろん如来蔵には五陰や色法の概念はなく、色法の相貌を具体的に了別することもありません。神様はただ業種を了別し、意根の思心所を了別し、さらに色身が摂取した四大と業縁に基づいて、色身を徐々に痩せさせることができるかもしれません。もし業種が許さず、業縁が具足しなければ、痩せるのは非常に困難です。

一切の法の運行において、如来蔵は必ず思心所によって決定を下さなければなりません。そして決定を下す前に、神様には必ず心識活動、すなわち作意・触・受・想・思があり、ただ一般人にはそれを知ることができないだけです。第七識はただ身体を痩せさせることを決定したことだけを知り、第六識はただ身体をある姿に変えさせることだけを知っていて、具体的にどのように変えるかについては意根にもわかりません。とにかく色身を変えるのは意根が変えたのではなく、意根はすべて自分のなしたことだと考えていますが、実際にはそうではなく、第六識は観察の智慧が不足しているときには、身体が具体的にどのように痩せていったのかもわかりません。如来蔵が色身の減量を助けた後、六識と七識は自分たちが痩せられたと思い込み、まるで自分が何か代償を払ったかのように感じますが、実際には意根はただ一つの決定を下しただけで、残りのことはすべて如来蔵が完成させたのです。

如来蔵が意根の心行を了別するのは、ロボットが人の指令を了別するようであり、コンピュータがデータを読み取るようであり、コンピュータが人間の手の操作を識別するようです。如来蔵が業種を了別するのは、コンピュータがプログラムを読み取るようです。如来蔵が業種を出力し実現するのは、コンピュータがあるプログラムを完成させるようです。それゆえ、如来蔵は一切の法を造り出しながら、まるで何もしていないかのようであり、神様の了別は、根本的に具体的な人・事・物の姿を了別するのではなく、一種の抽象的な了別であり、記号を了別するようなものです。それは音楽家が楽譜を識別すれば、作曲ができるのと同じようなものです。

——生如法師の開示
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如来蔵の五遍行心所法

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