衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年06月06日    水曜日     第4開示 合計603開示

如来蔵の証自証分 (svasaṃvedana)(二)

その三、如来蔵は衆生の五陰身を了別するとき、五陰身が今どのような状況にあり、次に五陰身がどのように変化すべきか、より良くなるのか、より良くならないのか、どこが良くなるべきで、どこが良くならないべきか、どのような四大種子を輸送するのか、それが調和しているかどうかを、如来蔵は業種に依ってすべて知ることができます。衆生には因縁果報がありますから、いつどのような病状が現れるべきか、この病気がいつ消えるのか、どのように四大種子を輸送して色身の状況を変えるのか、どれだけ変えたのか、さらにどのように変えるべきか、まだ変える必要があるのかどうか、如来蔵はすべて知っています。この一連の運行の中で、神様自身の行為造作を神様自身がすべて知ることができます。これが如来蔵の反観力 (pratyavekṣā-bala) であり、証自証分 (svasaṃvedana) なのです。このような反観力があり、このような証自証分 (svasaṃvedana) があるからこそ、如来蔵は次の段階の運行を引き続いて行うことができ、以前の運行を繰り返すことなく、以前の行為造作を繰り返すことなく、五本の指を変現した後に、さらに五本あるいはそれ以上の指を繰り返して変現することもなく、一つの頭を変現した後に、さらに繰り返して一つの頭を変現することもありません。また、眼根を半分だけ変現して、残りの半分を変現しなくなることもありません。これらの証自証分 (svasaṃvedana) はいずれも六塵に対する分別性にあるのではなく、いずれも衆生の業種を分別し、衆生の根身の運作を分別することにあります。神様は衆生の五陰身を維持しなければならず、五陰身の状況をすべて把握しているからです。神様が四大種子を輸送して五陰身を維持するとき、どのような四大種子を輸送したのか、自分でどれだけ輸送したのか、さらにどのように輸送すべきかを、神様はすべて知っています。自分がある法における運行がどの程度まで進んでいるのかも、神様はすべて明瞭に知っています。それゆえ、神様には自証分 (svasaṃvitti) があり、同時に証自証分 (svasaṃvedana) もあるのです。その四、さらに器世間を了別する場合について言えば、如来蔵は業種を了別できるがゆえに、宇宙の器世間がどのように変化すべきかを知っています。神様は四大種子を輸送して器世間を維持し変化させますが、どの程度まで維持したのか、器世間にどのような変化が現れるべきか、どの程度まで変化したのか、神様はすべて明瞭に知っており、いつどのような災難が現れるのか、あるいはこの災難がいつ消えるのかも、神様はすべて知っています。この期間中、神様自身の運行状況をすべて把握し了知しているので、次にどのように運行すべきかを知ることができ、運行を繰り返すこともなく、欠落や漏れもありません。如来蔵がこれらの面において知を持っているならば、神様には自証分 (svasaṃvitti) があり、同時に証自証分 (svasaṃvedana) もあるのです。如来蔵は業種を了別できると同時に五陰身も了別できるのですから、五陰身が次の瞬間、次の一分、次の一秒に、色身がどのように変化すべきかを、如来蔵はすべて明瞭に知っているはずです。業種を了別できるがゆえに、今どの業種を現行させるべきかが分かり、業種が現行した後、五陰身の四大種子は変化を起こし、身体もそれに伴って変化し、業種と一致します。五陰身が絶えず密かに変化し続けることができるのは、如来蔵が業種を了別する功徳によって引き起こされたものなのです。神様は業種に基づいて四大種子を輸送し、四大種子は随時随所で変化しており、四大種子が調和しているのか調和していないのか、輸送の割合はどれほどなのか、これらを如来蔵はすべて知っています。神様自身がこれらの変化をどれだけ完成させたのか、どの程度に至ったのか、さらにどのように運行すべきかを、如来蔵はすべて知っています。それゆえ、ここには如来蔵の自証分 (svasaṃvitti) があるだけでなく、証自証分 (svasaṃvedana) もあります。如来蔵は自分の運行状況を明瞭に知っており、これこそが証自証分 (svasaṃvedana) なのです。もし明瞭に知っていなければ、業種に完全に従って果報を現行させることができず、因果は錯乱してしまうでしょう。

——生如法師の開示
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如来蔵の証自証分(svasaṃvedana)(一)

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