衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年12月26日    水曜日     第2開示 合計1131開示

唯識と唯心の区別

唯識とは三つの能変識のみということであり、三つの能変識が変現して顕現したものです。唯心とは如来蔵(tathāgatagarbha)の真心のみということであり、一切の法はすべて如来蔵の真心が変造して生み出したものです。

他人の識が単独で変現した法に属するのは、他人の色身五蘊だけであり、それ以外の法は衆生の識が共同で変現したものであるか、あるいは個人の識が単独で変現したものです。そして他人が単独で変現した五蘊の身心を、私たちが接触して見たならば、それは私たち自身の識が単独で変現した法なのです。唯識の識とは三つの能変識を指しており、その意味は、私たち衆生が接触し了別できる法はすべて、私たち自身の三能変識が単独で変現したものであって、例外は一つもないということです。

第六識・第七識・五識にとっては、外境があり、六識が了知するのはすべて内境です。しかし如来蔵にとっては、どの法が如来蔵の外にあり得るでしょうか。禅宗の祖師がよく言う:心外无法,满目青山。その意味は、如来蔵の心外には法はまったくなく、青山などのような一切の法はすべて如来蔵の自心の中の物だということです。

——生如法師の開示
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