衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

生如法师のウェブサイトロゴ

日常開示

2018年05月22日    火曜日     第2 回の開示 合計527回の開示

意根の了別慧は劣っているでしょうか

睡眠は末那識によって決定されますが、末那識には六識を滅去させる心がありません。末那識は六識の概念を持たず、ただ思心所が六塵境界を了別しないと決定すれば、如来蔵がそれに随順し、識の種子が生じるのが次第に少なくなり遅くなります。六識の了別が徐々に微弱化し、最終的に滅去して睡眠に入り、身心が安穏となります。脳神経システムの指令が次第に減少し、身体の各種代謝が減り、消耗が少なくなるため、体内のエネルギーが充実します。末那識が身心活動を円滑に指揮できると判断し、障害が大きくないと感じれば、六塵を了別しようとし、五蘊の活動を求めます。如来蔵がこれに随順して六識を生じさせ、睡眠から覚醒することになります。

ここから、末那識が色身の状況を極めて精確に了別し、色身五蘊の調整を整然と行っていることがわかります。翌日に休息する場合には色身を長く眠らせ、五蘊活動を急がせません。翌日に用事があれば色身を早く起床させます。末那識の心行活動は非常に複雑で敏捷柔軟であり、その智慧は浅薄ではなく、これらの事柄を処理する際に意識に依存せず、完全に単独で対応し、助手を必要としません。末那識の了別する智慧が劣っているなどと言えるでしょうか。もし完全に劣り、常に劣り、あらゆる面で劣っているなら、五蘊身全体がどうして何事かを成し得るでしょうか。

——生如法師の開示
前の記事前の記事

意識の智と意根の智

次の記事 次の記事

二種解脱

ページのトップへ戻る