衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年04月21日    土曜日     第3開示 合計394開示

坐禅三昧経(二)

人心は富貴を期す 五欲の情未だ満たされず

諸大国王輩 此の患いを免るること無し

仙人は呪箭を持てども 死生を免れず

無常の象踏むや 蟻塚も地と同一に

且つ一切の人を置くも 諸仏の正真覚

生死の流れを越度すれども 亦た常に在らず

是の故に知るべし 汝の愛楽する所の

悉く早く捨離すべく 一心に涅槃を求むべし

注釈:人の心は皆、大富大貴を得んと願い、五欲への執着は永遠に満足を知らない。全ての国王たちは、この生死の過患を免れる者はいない。山中の長寿仙人は、呪文を加持した剣を持ち修行しても、生死の輪廻を免れない。無常という象が一歩踏み出せば、衆生は蟻のように地面に伏す。一般人は言うまでもなく、無上正等覚を成就した諸仏でさえ、生死の流れを超越しているが、やはり常にこの世には存在しない。故に、あなたがたが愛着する全ての人や物事は、早く捨て離れ、一心に涅槃の安楽を求めるべきである。

後に身を捨て死する時 誰が我を証知せん

再び法宝に遇うか 及び遇わざる者か

久しくして仏日現れ 大いなる無明の闇を破る

諸々の光明を放ち 人に道と非道を示す

我は何処より来たりし 何れの処よりか生まれ

何処にて解脱を得ん 此の疑い誰か明らかにせん

仏聖一切智 久しくして乃ち出世す

一心に放逸すること莫れ 汝が疑結を破るべし

彼は実利を好まず 弊悪の心に着きたり

汝は衆生の長と為り 実法の相を求むべし

誰か死時の 趣く所の何れの道なるかを知らん

譬えば風中の灯 滅する時節を知らず

注釈:最後に命を捨てて死ぬ時、誰が私が仏法の宝に出会えたかどうかを知るだろうか?久遠の時劫を経て初めて一尊の仏が世に現れ、世間の巨大な無明の闇を破り、衆生のために智慧の大光明を放ち、何が正しい道で何がそうでないかを示す。衆生は心に疑問を抱く:私はどこから来たのか、どこから生まれたのか、どこで解脱を得られるのか、これらの疑問を誰が解いてくれるのか?仏は世の大聖人であり、一切智人であって、久遠の時劫を経て初めて世に現れる。あなたがたは一心に観想し散乱せず、疑いの結び目を解くことができる。過去世であなたがたは真の利益を好まず、心が狭く邪悪であった。今、衆生の中の長老として、真実の法相を追求すべきである。誰が自分が死ぬ時、どの世界に生まれ変わるかを知ることができようか。風の中の灯火のように、いつ消えるか分からない。

至道の法は難からず 大聖は事を指して説く

智及び智処を説く 此の二つは外を仮とせず

汝若し放逸せず 一心に常に道を行わば

久しからずして涅槃を得ん 第一の常楽の処

利智は善人に親しみ 心を尽くして仏法を敬え

穢れ不浄の身を厭い 苦を離れて解脱を得よ

閑静にして寂志を修め 林間に結跏して坐せ

心を撿めて放逸せず 意を悟り諸縁を覚る

若し有の中を厭わず 安んじて睡り自ら悟らず

世の非常を念わず 畏るべきに畏れず

煩悩は深く底無く 生死の海は辺り無し

苦を度する船未だ成らず 安んぞ楽しく睡眠せん

是を以て当に覚悟すべし 睡りを以て心を覆うこと莫れ

注釈:菩提の大道に至る仏法は決して難しくない。仏陀という大聖は既にその道筋を整え、智慧の獲得と智慧の行われる場所は心の外に求めないと説かれている。もしあなたがたが修行に専心し精進して放逸せず、常に一心に仏道を行えば、間もなく大涅槃を証得し、第一の永遠の安楽の境地に至るだろう。利根で智慧ある者は善知識に親しみ、心を尽くして仏法を敬い、汚れた不浄の肉体を厭い離れ、苦しみを離れて解脱を得よ。静かな環境で心静かに修行し、志を清く保ち、常に林の中で結跏趺坐し、自らの心を制して放逸せず、私の説く意味を体得し、全ての境縁が幻であることを悟れ。もし三界の存在に厭離の心がなければ、安心して眠りにつき自ら悟ることはない。世の無常を思わず、恐るべき世界を恐れないならば、煩悩は底知れず深く、生死の大海も際限がない。自らが生死の苦海を渡る法の船をまだ完成させていないのに、どうして安らかに眠りを貪ることができようか。故に覚悟すべきであり、眠りで悟りの心を覆ってはならない。

——生如法師の開示
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