衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2018年03月29日    木曜日     第1開示 合計273開示

成唯識論述記

原文:异熟识。即第八识。名有多义。一变异而熟。要因变异之时果方熟故。此义通余。种生果时皆变异故。二异时而熟。与因异时果方熟故。今者大乘。约造之时非约种体。许同世故。三异类而熟。与因异性果酬因故。

解釈:八地菩薩の第八識は異熟識と呼ばれます。変異而熟とは、現在の業が因であり、その因が種子として第八識に貯えられ、成熟した後、第八識が果を変生するため、異熟識と呼ばれるのです。異时而熟とは、現在業を作り、種子が第八識に貯えられ、後の時に縁が熟すると、第八識が果を生じます。この時とは、しばらく後のこともあれば、明日のこともあれば、晩年のこともあれば、来世のこともあれば、無量劫以後のこともあります。時が不定である以上、果も一定ではありません。懺悔を通じて善法を修めば、果を変えることができます。異類而熟とは、現在は人の身で業を作り、来世は地獄の身で報を受けたり、天人の身で報を受けたり、あるいは他の世界の衆生の身で報を受けたり、菩薩の身で報を受けたり、辟支仏の身で報を受けたり、あるいは受報の時に成仏し、報が仏果となることもあります。業には定業と不定業があり、定業は不定業に変えることができ、不定業は定業に変わることもでき、また消滅させることもできます。悪業を直ちに懺悔すれば、不定業に転じるか、あるいは滅失させることができます。もし心に悔いが生じず、悪心が増していくと、不定業は定業に転じ、必ず報を受けなければなりません。一つの罪業も、作った後、懺悔しなければ、一夜を隔てるごとに倍増し、さらに一夜隔てればまた倍増し、最後まで積み重なると、この業は大きくなります。この悪業の種子が絶えず意根を薫習するため、意根は将来また意識を薫習し、将来また同じ悪業を作ることになり、このように連続して絶えず、止まることなく、生生世世にわたって苦悩が絶えません。一言で完全に地獄に堕ちることもあり、果報を受け尽くして人間界に戻ってきても、業を作る習気のゆえに、やはり再び同じ悪業を作り、そして再び地獄に入って報を受けるのです。衆生はまさにこのように、何の覚知もなく際限なく悪業を作り続け、無量劫にわたって苦悩が絶えないのに、自分ではその原因を知らないのです。 

——生如法師の開示
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