衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2021年07月13日    火曜日     第1開示 合計3480開示

六塵の中で色塵が伝播する速度は速い

問:昨晩、座禅で呼吸を観察していたところ、突然頭の中に白い光が走ったと感じ、その直後に階上で椅子を動かす音が聞こえました。頭の中に白い光が閃くのは、根と塵の触れ合いによって生じたものなのでしょうか?
答:階上で椅子を動かす音が脳の勝義根に伝わると、根と塵が触れ合って識が生じ、耳識がその音を聞きます。音を聞く前に、声塵が突然勝義根に触れると、勝義根には異常な反応が生じます。頭の中に白い光が閃くのは、まさにその反応なのです。五つの勝義根も四大から成る物質的な色法であり、声塵もまた四大の物質的な色法です。比較的大きな声塵が勝義根に伝わると、身根の勝義根に対して触動を与え、突然の触動を受けたことで、身根である脳にはストレス反応が生じます。 

もし比較的静かな禅定(じょう)の中にあって、心の準備ができていないところに突然塵境が現れると、意根は身根に異常な反応を引き起こさせます。普段の散乱した状態であれば、突然の刺激反応は現れません。また例えば、雷鳴のような非常に大きな音も、耳鼓を震わせ、さらには耳根を失聴させることさえあります。耳鼓は身根の肉体に属するものであり、震動は触塵に属し、身識によって了別されたものです。これは声塵が物質的属性を有し、やはり色法であることを示しています。したがって、眼識によっても一部の色法を了別することができるのです。頭の中に白い光が閃くのは、まさに眼識が了別したものです。将来、六根が互いに通じ合い、互いに用いられるようになるときには、音を聞くのに耳識を用いる必要はなく、色を見るのに眼識を用いる必要はなく、香を嗅ぐのに鼻識を用いる必要はなく、味を嘗めるのに舌識を用いる必要はなく、触れを覚るのに身識を用いる必要はなく、法を思うのに意識を用いる必要はなくなるでしょう。 

同じ発生源からの塵境に対して、眼識が先に見るのか、耳識が先に聞くのか、鼻識が先に嗅ぐのか、舌識が先に嘗めるのか、それとも身識が先に触れるのか。六塵の境界が伝わる速度は必ず異なるものであり、いったいどれが最も速く伝わるのかは、さらに多くの観察を待たねばなりません。例えば空で雷が鳴るとき、眼識が先に稲妻を見るのか、それとも耳識が先に雷鳴を聞くのか。一般に、色塵の伝播速度は声塵の伝播速度よりも速いため、同じ塵境の発生源から伝わってくる塵境に対しては、眼識が先に見、耳識が後に見ることになります。また例えば、太陽の光が伝わってくるとき、眼識が先に光を見、身識が後に暖かさを覚えるのです。

——生如法師の開示
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