一切の諸法は如来蔵 (tathāgatagarbha) を離れず、しかも如来蔵は一切の諸法を離れて運転する。如来蔵の在る所は、すなわち一切法の在る所であり、如来蔵が動かない限り、一切法も動かない。どうして生滅去来の諸幻化相があろうか。如来蔵が動かなければ、意根も動かず、六識も動かず、五陰 (pañca-skandha) の身にどうして動きがあろうか。この法が生じ、彼の法が滅するというのは、ただ如来蔵の大海の中の泡沫の湧き動きに過ぎず、如来蔵の外に出ることはなく、いずれもまた如来蔵の大海水なのである。
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