多くの人は開悟する前に、真如仏性について様々な想像をしますが、開悟して自ら証得した後になってみると、なるほど真如仏性とはこういうものだったのかと気づき、それまでの理解はすべて誤っていたことがわかります。他所から聞いて学んだものに、自分の意識による思惟加工を加えたものと、現実との隔たりは決して小さくありません。想像が当たっていた人は、無始劫以来何人いたでしょうか。一人もいなかったと私は思います。だからやはり、意根が自ら証明するのが最も確実なのです。自ら証明しようと思えば、自ら思量し考量しなければならず、意識による思惟の結果をそのまま受け入れて、自分の現量の結論としてしまうことはできません。この点は、学仏修行において明心証悟を求める上で、非常に重要なことです。
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