瑜伽師地論選釈

如何なるが攀縁せず住着せざるや。所謂る所は諸々の愛が永く尽き、欲を離れ、寂滅涅槃し、及び滅尽定を得るなり。何を以ての故に。攀縁と云うは諸煩悩の纏縛を指し、住着と云うは煩悩随眠を謂う。其の処に於いて二種倶に無き故に、攀縁せず住着せずと説く。是れ涅槃の攀縁無く住着無きを指す。又、想を攀縁と名付け、受を住着と名づく。若し其の処に於いて二種倶に無き時、即ち彼の処を攀縁無く住着無しと説く。かくの如く滅受想定の攀縁無く住着無き相を顕示し、今此の義に於いては滅定を取ることを意とす。

釈して曰く、意根が受と想の二心所を滅するを以て滅尽定と為す。受は法境を受容するを以て住着の義とし、想は了知執取するを以て攀縁の義とす。攀縁は煩悩の纏縛を指し、意根が煩悩を断ずれば即ち攀縁せず。諸愛永尽は即ち離欲を意味し、意根が欲を離れれば諸愛永尽し、攀縁せず。意根の離欲、攀縁無く住着無きは即ち無余涅槃に入る。衆生が無余涅槃に在らざるは、意根に攀縁有り、愛欲住着有り、法を受想し、煩悩に纏われ心寂然たらざるを示す。

此処の思惟論理は厳密にして毫も隙無し。弥勒菩薩明らかに示す：衆生の意根に欲愛有れば即ち攀縁住着有り、滅尽定を証得せず涅槃にも入らざる。若し意根が欲愛を離れれば即ち滅尽定を証得し涅槃を得、解脱と名づく。離欲は三界世間法への貪愛を断じ、三界を出離す。瞋恚の現行煩悩を断ずるには、意識の瞋のみならず意根の瞋を断ずべし。

意根に瞋有る故に六識を指揮して悪業を造作す。例えば意識が縁無く怒るは意根の瞋に由る。意識が自制を試みるも意根が従わず、遂に瞋を発す。意根が瞋恚心所を断じ、六識に悪業を造作せしめず、衆生との怨憎の連鎖を断つ時、根深き瞋結は滅す。

弥勒菩薩の説く貪瞋痴は衆生に堅固なる煩悩。堅固とは断じ難きを指し、主に意根の貪瞋痴を謂う。意識の貪瞋痴は伏せ易く、仏法を学べば転ず。然るに意根は思惟せず、法を解せず、転じ難く貪瞋痴深く根を張る。

意根を伏せず只意識を伏する時、意根は意識を指揮し、貪瞋痴無明に繋縛さる。意識が瞋を断じも意根未だ断ぜざれば、意根の瞋起こる時、殺人を命ずれば意識は抗し難くこれに従う。所謂衝動的犯罪は意根の主導に由り、意識は思惟の暇無く牽引さる。後悔は事後に生ずるも、既に大禍を招く。

意根は過去世の因縁を知り某人を怨む。意識は現世の利益を慮り意根を諫む。然るに面会すれば表面は誂えつつ、内心は憎悪に燃ゆ。是れ意根が意識の諫めを辛うじて聴くも、警戒を弛めれば直ちに瞋を発し、六識をして瞋行を造作せしむ。冤親相酬の業縁、深く結ばれて解け難し。