衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2019年01月29日    火曜日     第3開示 合計1216開示

人の本性は十法界を具足しているか否か

如来蔵 (tathāgatagarbha) は十法界の性を具足しており、意根が十法界の性を具足することはあり得ない。意根にもし仏性があるなら、一念の中で仏であることになるが、もしそうなら、この一念を十念・百念・千念に拡充すれば、一日か半日ほど仏になることができるのだろうか。仏の意根、声聞・縁覚・菩薩の意根には、三悪道の衆生の悪性を具足することは不可能であり、六道の凡夫性も具足していない。

本性とは、心所法のことである。意根の心所法を見れば人の本性がわかり、如来蔵 (tathāgatagarbha) の心所法を見れば、さらに衆生の未来の帰趣を知ることができ、必ず仏になることに疑いはない。

凡夫の意根は、声聞・縁覚と菩薩の意根、そして仏の意根とは極めて大きな差異がある。また、意根の心所法と如来蔵 (tathāgatagarbha) の心所法にも異なる差別があるが、仏の意根と仏の無垢識 (amala-vijñāna) の心所法だけには差別がない。衆生がもし仏であるなら、真の意味での仏であるなら、意根の心所法は如来蔵 (tathāgatagarbha) の心所法と同じであるべきであり、煩悩心所法はなく、五遍行心所法が具足し、五別境心所法が具足し、善十一心所法が具足しているはずである。

——生如法師の開示
前へ前へ

人性は本善か本悪か

次へ 次へ

意根と意識の関係は、人と顕微鏡・拡大鏡の関係のようである

ページトップへ戻る