衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2023年05月21日    日曜日     第3開示 合計3945開示

如来蔵の不動性

如来蔵 (tathāgatagarbha) が動かないのは心思心念であり、その心は境界の来去に従って動転することなく、一切の境界相を執取 (upādāna) しない。しかし心が動かないときでも、刹那刹那に万法を出生し、万法を維持している。一切の法はすべて神様が出生させたものであり、神様の仕事は非常に多いが、たとえ多くても、心地は清浄 (viśuddha/pariśuddha) 無為であり、心思や念头を動かさず、繁忙とも感じない。五陰 (pañca-skandha) 七識がどんな業行を造作しようとも、如来蔵はそれに従って心思を動かすことなく、いかなる想法も持たない。どんな業種が現前しようとも、如来蔵には情緒も感覚もないが、絶えず業種に従って諸法を顕現することができる。しかし一切の法とは無関係であり、任爾東南西北風、我自安然不動如須弥(東南西北いずれの風が吹こうとも、我自ら安然として須弥のごとく動かず)である。神様は不変随縁、随縁不変であり、染汚を受けず、俗流に随って自性を失うことなく、万法と合流せず、万法の侶とならない。これらが説いているのは如来蔵の体性である。

——生如法師の開示
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如来蔵不出不入

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如来蔵は無明なく、また無明の尽くることもなし

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