衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2019年02月23日    土曜日     第2開示 合計1287開示

ブラックボックス世界(七)

外側の六塵世界はあたかも実在するかのように見え、実体のある物質が存在しているように感じられますが、その実在性も内相分との相対的な関係において言われるものです。外界の物質世界もまた、共業の衆生の第八識が共同で四大の種子を送り出し変現したものであり、存在しているように見えてもそれは仮の存在、幻のような存在に過ぎず、真実のものではありません。それらは全て第八識が生み出す幻影なのです。しかもそれは縁ある全ての共業衆生の第八識が共同で変現した幻影であり、単独の衆生の第八識だけでは変現することはできません。

外側の六塵世界、つまり外界の物質世界は、私たちの後頭部にあるブラックボックス(内相分)に比べると、より実体的に見え、四大で構成された実質的な物質世界のように思われます。しかし、実質的な四大で構成された相分の物質に接触できるのは第八識だけであり、六識や七識はそれに触れることも、感じることもできません。七識心にとっては、外界の世界は存在していないも同然であり、私たちが接触できるのは単なる影像に過ぎないのです。

私たちは無始劫以来、内相分を外相分だと錯覚し、それを実在する物質世界だと思い込んできました。なぜなら、内相分と外相分が非常に似通っており、ほとんど見分けがつかないほどであることを知らないからです。そのため、私たちの身識や眼識などの六識がこれらの影を分別する際、その影を実体であると見なしてしまい、影に対して絶え間なく分別し、執着し続けるのです。毎日、「私は確かに飲食を口にした」と思い込むことで飲食に貪着し、「私は確かにベッドに座った」と思い込むことで快適なベッドに貪着し、「私は確かに水を飲んだ」と思い込むことで美味しい飲み物に貪着し、「私は確かに衣服の柔らかさや軽さを感じた」と思い込むことで衣類に貪着し、「私は確かに宝飾品を見た、手にした、所有した」と思い込むことで金銀財宝に貪着します。しかし、実はそれらは全て影に過ぎず、私たちはそれらが内相分の影であることを知らないのです。

——生如法師の開示
前へ前へ

貪愛は悪道に托生する主な要因です

次へ 次へ

ブラックボックスの世界(八)

ページトップへ戻る