衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2025年08月02日    土曜日     第1開示 合計4440開示

八斎戒を受持する功徳

増一阿含経第十六巻 高幢品 原文:比丘よ、知るべし。もし優婆塞・優婆夷がこの八斎戒の法を受持すれば、その善男子・善女人は必ず三つの道に向かう。あるいは人間界に生まれ、あるいは天上界に生まれ、あるいは般涅槃に入る。それ故に諸比丘よ、もし善男子・善女人が八斎戒を受持し、諸々の苦しみから離れようと願い、善き処を得ようと願い、一切の漏を尽くして涅槃城に入ろうと願うならば、方便を求め、この八斎戒の法を成就すべきである。

釈:比丘たちは知るべきである。もし在家の男女信者(優婆塞・優婆夷)がこの八斎戒の法を受持すれば、それらの善男子・善女人は三つの趣(道)へ向かい、あるいは人間に生まれ、あるいは天界に生まれ、あるいは般涅槃(完全なる涅槃)に入る。したがって、比丘たちよ、もし善男子・善女人が八斎戒を受持し、一切の苦しみから離れようとする者、善き処を得ようとする者、一切の漏を滅尽して涅槃城に入ろうとする者は、手段方法を求めて、この八斎戒の法を成就しなければならない。

この段落は八斎戒受持の功徳果報を述べたものである。なぜ八斎戒を受持すれば苦しみを離れて解脱を得、漏を滅尽して涅槃に入ることができるのか。この八つの戒律は身心を収摂し、心が外に向かって動転せず、身が乱れず動かないようにする。これにより煩悩を降伏し業障を消除できるだけでなく、禅定と福徳を生じさせることもできる。殺生せず、盗まず、邪淫せず、妄語をせず、飲酒しないことは、貪・瞋・痴の煩悩を降伏させ、三悪道(地獄・餓鬼・畜生)の業を免れ、三悪道で報いを受けることなく、悪業に束縛されることなく、生々世々に三善道(人間・天・阿修羅)で仏法を修学することを可能にし、そうすることで成道が速やかになる。

過午不食の戒を守れば、胃の中の食物が少なくて過剰な働きがなくなり、心を清浄に保ち、仏法に専心して思考することができ、禅定と智慧が生じやすくなる。高く広い大床に坐らなければ、慢心が生じず、福徳を消耗せず、福徳が速やかに積み集まり、福徳があって修行は成就しやすくなる。香・花・脂粉を塗抹しなければ、身見(身体への執着)や我見(自我への執着)を降伏・断除しやすくなり、それによって解脱を得る。このように八つの戒は貪・瞋・痴という有漏の煩悩を滅除し、煩悩が断尽すれば解脱を得て涅槃に入ることができるのである。

戒律の内実と機能作用の観点から見れば、戒を受けず、戒を持たなければ、初果の預流果でさえ現れることはなく、ましてや我見を断ずる証果を得ることなど根本的に不可能である。ところが現代の学仏者には、戒を受けること・持つことの問題を全く気にかけず、自ら進んで戒を受けようとせず、禅定にも重きを置かず、ただ理論的な知識を吸収することだけを好み、地に足をつけて真摯に実践しようとする意志がなく、修行の目標も明確ではなく、精進の度合いも常に不足している者たちが多い。このような状態にある者は初心の学仏者であり、仏教界の大多数はまさにこのような人々である。こうした人々と証果や明心見性について論じることはできない。しかし実際には、まさにこうした人々が軽々しく自ら証果や明心を自称したり、あるいは「印証」されたりしているのである。これは仏教における非常に異常な現象である。問題がどこにあるのか、積極的に思考すべきであり、将来同じ過ちに陥らないよう避けなければならない。

——生如法師の開示
前へ前へ

正しい念仏と観呼吸の境地

次へ 次へ

安楽死自殺を選ぶことは罪になるか?

ページトップへ戻る