衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2025年09月16日    火曜日     第1開示 合計4472開示

理不尽な訴えで訴訟を起こすこともまた盗みである

訴訟で理不尽に土地を争い、勝訴した場合、裁判官と弁護士に罪や因果はあるのか?もちろん罪はあり、因果を背負う。得るべきでない土地を他人から奪い取る行為は強奪や窃盗に等しく、裁判官と弁護士は共犯者のようなものであり、この因果は非常に大きい。

裁判官の判決は世俗的に見て公平合理的であっても、訴訟を起こした双方にとって必ずしも公平合理的とは限らない。世俗的に不合理なことにも合理的な側面があり、世俗的に合理的なことにも不合理な側面があるかもしれない。なぜなら前世からの争いや因果応報の関係が関わっているからである。例えば、甲が乙を平手打ちした場面を見て、その前に乙が甲を平手打ちした場面を見ていない場合、甲が乙を打つのは不合理だと考え、甲を批判してしまう。前後を繋げて事件全体を見て初めて合理性が判断でき、物事の不完全な一面だけを見ると判断を誤る。

一方、戒律は現世の現在の現象に基づいて判断し、前世から引き継がれた因果関係は考慮せず、仏弟子にはいかなる状況においても心を清らかに保ち、戒律を守る行いを求める。脱税は本来世俗法上の問題であり、税法は世俗の法律であるが、仏戒もこれに関与しており、仏教徒は在家信者であっても出家者であっても世俗の法律法規を遵守し、国家や地域の規則制度に違反してはならないと求めている。したがって仏教徒が特定の法律に違反すると、同時に仏戒にも違反することになる。一方的な契約(いわゆる「霸王条約」)は窃盗行為に属し、因果の観点からは契約は無効であり、それを破っても法律にも戒律にも違反しない。現代社会では至る所に一方的な契約が存在し、どの時代にも弱肉強食の現象が見られる。


——生如法師の開示
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墓荒らしでも犯罪だ

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