衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

生如法師ウェブサイトロゴ

日常法話

2026年04月17日    金曜日     第1開示 合計4684開示

用功の状態を観察し判断することを学ばねばならない

如春:私は今、世俗の法を考えるにしても法義を考えるにしても、よく我を忘れたような状態になり、他人が私に話しかけてきても、その人が何を言っているのか分からず、完全に自分の思考に没頭してしまいます。最近法義を読んでいて、意識はあまり使うなと書いてあったので、私のこの方法は間違っていると思い、方法を変えました。変え方が間違っていたのか、かえって良い感覚が見つからず、どうなっているのか分かりません。

点评:思考がよく我を忘れた状態になるというのは、この状態には意識の思考活動もあれば意根の思考活動もあり、意根の思考が意識より強いのかもしれません。このような訓練は智慧の向上に大いに役立ちます。もし意識の智慧が不足しているなら、まず意識の思惟を訓練しても構いませんし、もし意根の思考が主となっているなら、そのまま意根を使い続ければよいのです。

しかし知っておくべきなのは、これでもまだ修行の正しい道には歩み出ていないということです。なぜなら、思惟している法には主軸がなく、雑多な思惟であり、何かに出会えばそれを思惟するだけで、まだ断我見の方向に向かって進んでいないからです。このように訓練が整ったら、その後で専一に修めてください。呼吸の観察は何もかも分からなくなることを目的としており、法に対する理解もまだなく、断我見に対する概念もまだないのです。


——生如法師の開示
前へ前へ

八識規矩頌釈義(二)

次へ 次へ

意根の記憶の機能

ページトップへ戻る