『金剛経』を受持して悟りを開いた後、智慧がますます大きくなると、他人に仏法を説く能力が備わり、他の人も悟りを開くことができるようになります。法施そのものの福徳は非常に大きく、衆生が利益を得れば、福徳はさらに大きくなります。仏道を成就する三つの無量数の劫の中で、衆生の生老病死の苦しみを度脱することにより、無量の衆生と縁を結び、将来は多くの弟子が従って学び、これに基づいて自らの仏国土を建立することができます。一つの国土の建立には、様々な階層の弟子たちで構成されることが必須であり、弟子がいなければ国土を建立することはできず、ましてや仏道を成就することはできません。弟子たちを率いて修行し、弟子たちが成就して初めて、自らの修行は次の段階に進み、より高い果位を得ることができます。したがって、『金剛経』を受持し読誦し、金剛心を悟るこの福徳は、計り知れないほど広大なものです。
金剛心もまた無為の心であり、三界の法の心行がなく、何も作為しません。まさに何も作為しないからこそ、すべてを行うことができ、すべての法を成就できるのです。無為の心に含まれる福徳は極めて大きく、永遠に消えることがなく、誰も破壊できず、誰も奪うことはできません。では、この無為の福がどれほど勝れていることか、言葉では言い表せず、七宝を布施する有為の福よりもはるかに勝れていて、比べものにならないほどです。
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