尋(じん)とは、目標を持たずに探し求めることであり、懐中電灯を手に至る所を照らすが如く、動きが顕著で速やかです。伺(し)とは、広く探求した後に大まかな目標を見定め、注意力を一点に集中して観察することで、動きが微細で緩やかです。
参禅(さんぜん)においては、おおよその探究方向と重点を見出した後、一つの目標を定めて観察考究を始めます。その心の働きはより緻密となり、発見し難いものとなります。
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