衆生无边誓願度煩悩无尽誓願断法門無量誓願学仏道無上誓願成
尋とは、目標のない探求のことであり、懐中電灯を持ってあちこち照らすように、動きがはっきりして速い。伺とは、あちこち探し回った後に、おおよその目標を見つけ、そこで注意力を目標に集中して観察することであり、動きが軽くて遅い。
参禅において、おおよその参究の方向と重点を見つけ出した後は、一つの目標を定めて観察・考究し始めるのであり、心の働きはいっそう細密になり、見つけ出すことが難しくなる。
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修行過程における意根心所法の転変
悔心所法