衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年04月15日    月曜日     第3開示 合計1431開示

金剛経唯識深義(九十一)

世尊説:須菩提、いかなる場所であっても、この金剛経があり、金剛不壊心の如来蔵があるところには、一切の世間の天人および阿修羅は、この経典を供養すべきであり、大乗の如来仏を供養すべきである。あなたがたは知るべきである。この経のあるところは、すなわち一つの仏塔であり、一つの荘厳な道場である。すべての衆生は恭敬供養すべきであり、身も心もことごとく仏塔を巡り拝礼し、また種々の花や香をここに散じて、香花をもって仏の塔廟を供養すべきである。

なぜこの経のあるところは、すべて供養すべきなのでしょうか。この経はすなわち法身仏 (dharma-kāya-buddha) であり、すなわち如来だからです。この仏を供養してこそ、初めて最終的に成仏できるのです。しかも主に受持読誦をもって供養し、依止修行をもって供養してこそ、初めて最終的に成仏できるのです。なぜこの経のあるところが道場なのでしょうか。すべての修行はこの経をめぐって修めるものであり、すべての修行はこの道場の中で修めるものであり、一切の法はこの道場から来るものであり、一切の度衆の事業はこの道場において実行されるものであり、最終的な成仏もまたこの道場において成られるものであり、一切種智 (sarvākārajñatā) もこの道場において円満するものであり、一切の仏国土もまたこの道場において成就されるからです。なぜこの経に対して礼拝し巡廻するのでしょうか。いかなる衆生も、いかなる法も、根本においてこの経を離れることができず、巡廻しなくてもすでに巡廻しているのであり、そうせざるを得ないからです。誰が無窮の力を持っていようとも、この経とこの塔から離れることはできないのです。

——生如法師の開示
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修行の過程とは心所法を転換し変えていく過程である

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意根の恒審思量

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