衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年04月17日    水曜日     第3開示 合計1436開示

金剛経唯識深義(九十五)

原文:须菩提。若善男子。善女人。于后末世。有受持读诵此经。所得功德。我若具说者。或有人闻。心则狂乱。狐疑不信。须菩提。当知是经义不可思议。果报亦不可思议。

解釈:世尊は仰いました:須菩提よ、もし善男子・善女人が、仏法が滅びようとする末法の世において、この金剛経を受持し読誦することができ、如来蔵の実相の法に依止して自心を修行するならば、その人が得る功徳は、非常に多くまた非常に多くのものとなります。私が具体的に言えば、この人が得た功徳が一体どのようなものであるのか、果たしてどれほどあるのか、具体的にどのようなものがあるのかを、もし誰かが私のこの言葉を聞いたなら、その心は狂乱し、疑いで満ちて信じることができなくなるでしょう。ということは、金剛経を受持する功徳があまりにも殊勝であって、普通の人には想像も信じることもできないということを物語っています。

須菩提よ、ここから私たちは知るべきです。この金剛経の中の甚深な法義は、なんと不可思議であり、なんと深妙で測り難いものであるか。ならば、この金剛経を受持する果報もまた、不可思議なのです。金剛経の中の義理に従って修学し、この般若実相心を証悟すれば、それ以後、福徳と智慧は次第に増し広がり、智慧はますます深妙で比類のないものとなります。福徳と智慧がともに円満具足したのちには、三界の世間における無上士・無上尊となるのです。この果報はまことに不可思議であり、思議することもできません。この果報と功徳は、まことに何劫かかって語り尽くすことも、讃え終えることもできないのです。

——生如法師の開示
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