衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年05月12日    日曜日     第2開示 合計1519開示

一人の気勢、気質、風度、涵養は、多く意根によるものであります

意根の了別範囲は広く、全局を掌握し、全体を統括し、大局を把握して戦略性を重視します。一方、意識の了別範囲は限られており、局所的、微細的、深い部分を掌握し、戦術性を重視します。意根に智慧のある人は指導者や将軍に適し、意識が聡明な人は参謀や部門責任者として具体的な事務管理を担当するのに適しています。この二者が結合すれば、上下にわたり、広く細かく、戦略と戦術を兼ね備え、向かうところ敵なしとなります。

大将軍の気概を持つ人は、すなわち意根に智慧と経験を備えています。科学研究に携わる人は、意識が細やかで微細な点まで入念です。したがって、人の気勢、気質、風格、教養は多く意根にあり、主に意根を指します。これは学んで身につくものではなく、今から学んでも間に合いません。意識で装おうとしても、長くは続きません。生まれつき備わっているもの、それがその人の特質であり、後から学ぶものではなく、偽装できるものではありません。

仏教界の発展と全体的な方向性を正確に把握できる人は、必ず久学の菩薩です。久学であるがゆえに、意根は多くの経験を積み、見聞が広く、経験豊富で、新学の菩薩よりもはるかに多くの仏教と修行の歴史を理解し、仏教界の多くの現象を見抜くことができます。したがって、何が如法で何が不如法か、仏法における利害得失をはっきり見極め、衆生の根機の利鈍も明瞭に見通せます。これらは全て意根の功績であり、もちろん意識の分別思惟から離れるものではありません。

新学の菩薩は経験が少なく、煩悩が重く、ほとんど経験がないため、仏教界の事情が理解できず、衆生の根機の利鈍がはっきりせず、法の方向性や利害得失が把握できません。往々にして物事の見方が偏っていて浅く、深く徹しておらず、生じる誤りも多くなり、見誤る人や事柄も多くなります。

——生如法師の開示
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