衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2019年05月13日    月曜日     第2 回の開示 合計1524回の開示

父子合集経選講(一四)

原文:またこの世の界壊れんとする時、二つの日現る。二つの日出でし後、小河や泉の流れは悉く枯れ果つ。三つの日現るる時、無熱悩池より出づる四つの河もまた干上がる。四つの日現るる時、大海の水は一由旬減じ、或いは二、三由旬と次第に減じて十由旬、二十由旬に至り、漸く枯渇す。八十由旬に至るまで余水あり、或いは一多羅樹の高さ、或いは胸元の深さ、或いは牛の足跡ほどの深さとなり、遂には指先の表面を覆うほどの少量となる。この時、大海の水は悉く乾燥し、清浄に尽きて余すところ無し。

釈:娑婆世界が壊れんとする時、二つの太陽が現れる。夏の盛りに一つの太陽さえ耐え難いというのに、まして二つの太陽においておや。二つの太陽が現れる時、小河川や泉は全て干上がる。三つの太陽が現れる時、無熱悩池より流れ出る四大河もまた干上がる。四つの太陽が現れる時、四大海の水は一由旬(インドの度量単位。一由旬は四十里)減じる。大海水とは地球の下方にある四大海を指し、地球上には存在せず、無熱悩池も同様に地球より無量倍大きい。

地球上の海水は既に枯渇し、四大海の水は更に減じ続け、二由旬、三由旬と減じて十由旬、二十由旬、八十由旬の量となり、遂には樹木一本の高さにまで減じ、更に胸元の深さとなり、牛の足跡ほどの水たまりとなり、最後は指先を濡らす程度となる。我々の地球より無量倍大きい四大海の水が、太陽に照らされて牛の足跡ほどの水となり、遂には指先を覆う程度にまで減少し、完全に乾燥して一点の水分も残さぬ大地となる。

四大海の水が形成された当初、その源は何処にあったか。来るところ無く、最終的に四大海の水が蒸発しても、その行方は虚空に消えたのか。虚空にそれほどの水があればもはや虚空とは呼べず、大海と称すべきである。故に大海の水が消滅しても行く先は無く、水界の本性はこのように虚妄にして、来る所無く去る所無し。空より空へ、三千大千世界全体がこのように虚妄であり、十方世界の仏国土もまた同様に虚妄にして、生滅を繰り返す。水界の本性は生じた時より本来空なり、滅する時もまた空なり。空より空へ、一切所有無し。

——生如法師の開示
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