衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2019年05月21日    火曜日     第1 回の開示 合計1543回の開示

意根の思量性と審決性

意根は六識の了別性及び了別内容に基づき、諸法を思量する。六識が現量で了別する一切法、或いは非現量で了別する一切法を、意根は全て了知し得る。六識は了別中、了別しながら内容を意根に伝達し、意根は同時に了知する。六識が了別する内実に基づき、意根は思量を巡らす。六識が何を了別すれば、意根はそれを思量し、思量した内容に基づき確認を経て、主宰的決定を下し、対応策を採択する。その後、六識の身口意行が造作され現れる。

意根は六識が存在しない状況下でも一切法を思量し、六塵境界を思惟する。六識が断滅する昏迷時や睡眠時においても、意根は常に思量を続ける。意根が存在する限り、絶え間なく思量する。如何に多くの人事物を了知するか、如何に五陰を活動させるか、如何に六識に六塵を了別させ続けるか、それによって自らも更に多くの法を知り得るかを思量する。

無夢の睡眠時、六識が全て滅しても意根は依然として思量する。何を思量するか。その対象は極めて多く、五陰身の休息状態、覚醒時期、昼間の事柄、幼少期の記憶、過去世の因縁、未来の事象などを思惟する。身体に生じる如何なる状況にも対応して思量を巡らし、処理方法を決定する。昼間の意識が了別した六塵境界や、未解決の問題も思量対象となる。学仏後は意識が精進すれば、意根も意識が学ぶ仏法内容を思量し、夢中で意識に仏法の復習や実践を促す。これにより修行が一定の効果を発揮し、深く内心に浸透する。

昼間に六識が了別した法塵は全て意根に蓄積され、睡眠時にも昼間の経験を思量する。意根が頑固に思量を続ける時、夢が現れる。第八識が現起する他の六塵境界も思量対象となる。意根の了別慧は強くないが、思量性を具える。もし智慧が高ければ、深細な思量無しに抉択を生じ、主宰的決定が可能となる。了別慧が不十分な場合は思量性が相応に強化され、不断の考量過程を経る。慧が劣る時は一時的に了別が不鮮明となり、反復思量を重ねた上で自らの理解を確信し、抉択を下し行動方針を決定する。

意根はこの恒常的思量性を具え、審慮思惟の機能を有する。睡眠中も意根は五陰身の活動時期や覚醒適否を思量する。審度無くして意根は主宰的決定を下さない故に、意根は審度思量性を具える。審慮思量を経て初めて抉択し、対応策を採択し、身口意行の造作を主宰決定する。これが意根の思量性と審決性である。

——生如法師の開示
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