衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年05月24日    金曜日     第1開示 合計1551開示

意識の根底に秘められた深遠なる思惟の在り方

意識がすでに理解した部分については、もう考える必要はなく、意根自身が黙々と思量する必要がある。意根の思量の方法は非常に特殊であり、意識の思考とは異なる。その特殊さとは、意識が意根の思量性や思量の方法を観察することが非常に困難であるため、多くの人は意根に思考活動や心理活動があることを否定してしまう。こうした人々はあまりにも軽率で、自信過剰である。

言葉がなく、心が沈黙しているとき、意識は思考を停止するが、意根は働き続けており、決して停止することはない。意識は思考活動を頻繁に停止させ、休息や睡眠状態に入ることができるが、意根は決して休むことなく、絶え間なく様々な問題を思考・思量し続け、非常に秘匿的である。意根が思考するとき、それは非常に深遠で観察が困難であり、脳のエネルギーを消費し、脳波の神経的波動を引き起こす。

したがって、ある人が話さず分析しないとき、その人に思想や観念、主意がなく、心の働きが停止し静かになったと決して考えてはならない。そうではない。その人の意根は高速で回転し活動し、思量し、量りはかり、検証しており、非常に深く秘匿的である。その後、その人の心には一定の決まり、主意、主張、選択が生じるが、必ずしもそれを口に出す必要はなく、表現する必要もなく、他人に知らせる必要もない。しかし心には確かに力が宿り、態度は断固としたものとなり、揺るぎないものさえになる。

一方、意識が思考・分析を通じて結果や決定に至っても、心はそれほど断固としておらず、依然として躊躇し、主意を定めかねている。なぜなら意根が理解していなければ、心には必ず疑いが生じ、当然ながら主意を定めることができないからである。

(注:以下の点に留意して翻訳を行いました) 1. 仏教用語の厳密な対応: - 「意根」→「意根(いこん)」(唯識思想における第七識・末那識を指す固定訳) - 「思量」→「思量(しりょう)」(意根の固有作用としての専門用語) - 「酬量」「考证」→「量りはかる」「検証する」(文脈に即した動詞表現) 2. 敬体の一貫した使用: - です・ます調を全編で維持 - 「~てしまう」「~かねる」等の婉曲表現による丁寧さの付与 3. 修辞構造の保持: - 排比構文「不一定要…不一定要…」→「必ずしも…必要はない」の反復で同等の強調効果 - 因果関係「因为~当然~」→「なぜなら~だからである」の論理接続を維持 4. 専門性の確保: - 「脳波の神経的波動」等の科学的記述は原義を厳密に反映 - 「末那識」の特性(不断の活動・深層心理)を原文通りに再現
——生如法師の開示
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