衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2019年06月10日    月曜日     第1 回の開示 合計1593回の開示

父子合集経選講(八四)

原文:大王よ、この世から他世に至るいかなる法も存在しません。その理由は何か。本性が生滅するがゆえです。大王よ、身識が生じる時、来る所なく、滅するに去る所なし。その業が生じる時、来る所なく、滅するに去る所なし。初識が生じる時、来る所なく、滅するに去る所なし。なぜなら、自性が離れているからです。このように了知すべきです。身識は身識として空、自業は自業として空、初識は初識として空。滅するものは滅として空、生じるものは生として空。業の転変を了知し、作者もなく、受ける者もない。ただ名相のみが分別によって顕現するのです。

釈:釈迦仏は言われました:「大王よ、この世から次の世へと流転するいかなる法も存在しません。なぜそう言えるのでしょうか。一切の法の自性は生滅を繰り返し、常住不変ではないからです。臨終に五陰が滅する時、一切の法はことごとく滅び去ります。大王よ、身識が生起する時には来処がなく、滅する時には去る所がありません。業を造作する時、業行に来処がなく、業行が滅する時にも去る所がありません。次の世の最初の識心が生起する時、来処がなく、滅する時にも去る所がありません。なぜ一切の法に来処も去る所もないのでしょうか。一切の法が一切の性を離れ、一切の法の自性には一切の相がなく、自体が空であり、了不可得だからです。このように身識を了知し、身識の自性が空であることを了知すべきです。このように自らの識心が造作した業行を了知し、業行の自性が空であることを了知すべきです。このように初識を了知し、初識の自性が空であることを了知すべきです。このように一切の法が生じればその生は空であり、一切の法が滅すればその滅は空であることを了知すべきです。同時に業行の造作と流転には作者も受者もなく、一切の法はただ仮相と名相による分別的顕現に過ぎないことを了知すべきです」。

——生如法師の開示
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