衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年06月22日    土曜日     第1開示 合計1634開示

父子合集経選講(一一五)

原文:大王。身识生时。无所从来。灭无所至。彼缘生时。无所从来。灭无所至。彼业生时。无所从来。灭无所至。大王。无有少法。从于此世。得至他世。何以故。自性空故。如是了知。初识初识空。自业自业空。身识身识空。若灭灭空。若生生空。轮回轮回空。涅盘涅盘。皆自性空。无有作者。亦无受者。若业若报。皆不可得。但唯名相。分别显示。

解釈:仏はおっしゃる。大王よ、身識が生ずる時、来る所なくして来たり、滅する時には滅して行く所がない。その縁が生ずる時も、来る所なくして来たり、去る所なくして去る。業行が生ずる時も同様に、来る所なくして来たり、去る所なくして去る。大王よ、少しの法もこの世から他世へと至ることはない。なぜなら、一切の法の自体性は空だからである。私たちはこのように身識を了知すべきであり、身識の自性空を了知すべきである。このように自らの識心が造作した業行を了知し、業行の自性が空であることを了知すべきである。このように初識を了知し、初識の自性が空であることを了知すべきである。このように一切の法がもし生ずれば、その生は空であり、一切の法がもし滅すれば、その滅は空であることを了知すべきである。同時に、業行の造作と流転においては、作者もなく受者もないこと、一切の法はただ仮相と名前の上での分別的表示にすぎないことをも了知しなければならない。

——生如法師の開示
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行蘊は非我、我に異ならず、相在せずという大小乗の含意

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意根の我見 (satkāya-dṛṣṭi)

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