受蘊とは、六塵の境界に触れたとき、境界に対して了知性があって、甘いと知り、痛いと知り、景色だと知り、匂いだと知り、音だと知った後、苦受・楽受そして不苦不楽の感受が生じる。このとき受蘊が現れるのである。六識が六塵に対して作意し、その後触れ、その後領受・領納し、その後想了別知し、その後受蘊を感受し、その後思によって抉択・決定し、行蘊が造作するのである。
日常生活の中で、自分のさまざまな覚受を注意深く点検し、自分が何に貪愛しているのか、何事に執着しているのか、何事に心と精力を費やしているのかを点検する。点検して見出した後は、それがどのような心理なのか、どのような意味があるのか、結果はどうなるのかを分析しなければならない。そして自分の貪愛と覚受を対治する方法を考えるならば、修行によって遮障が掃除され、道業の進歩も速くなるであろう。
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