衆生无边誓願度
煩悩无尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

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日常法話

2019年08月10日    土曜日     第5開示 合計1804開示

衆生の意根の異なる機能作用

<h2 style="text-indent: 2em;">問:人と人との意根は、その機能・作用は同じでしょうか?六道衆生の意根は、その機能・作用は同じでしょうか?凡夫の衆生と聖者・賢人の意根の機能・作用は同じでしょうか?畜生と人間の意根は同じでしょうか?</h2>

答:すべての衆生の意根の機能・作用は同じです。ただ無明の程度が異なり、明の程度が異なるだけであり、作用を起こすときには、良い作用と良くない作用との区別が生じます。たとえば、すべての刀には切り割く作用がありますが、刀の利き鈍が異なるため、削り出したものの効果が異なります。利刀で削り出したものは完璧で整っていて価値があり、鈍刀で削り出したものは整っておらず、使えないか、あるいは物を壊してしまうことがあり、良い効果がありません。意根の智慧が異なれば、成し遂げる事業も異なり、煩悩が異なれば、造作する業行も異なり、果報も異なってきます。無明の軽微な意根は善く用いることができ、無明の深重な意根は悪く用いることになり、その結果には大きな差が生じます。意根の無明の程度が異なり、明の程度が異なるがゆえに、世上の衆生は三六九等に分かれ、凡夫と聖者との区別があり、衆生が成仏する時劫も異なってくるのです。

——生如法師の開示
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極楽世界に往生することは断我見(satkāya-dṛṣṭi-prahāṇa)よりも難しい

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衆生は度し尽くせるか

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