塵境が現れることは、相分であります。いかなる法も如来蔵の本体を除き、すべて如来蔵の相分であり、如来蔵によって了別されます。その後、末那識によって了別され、さらにその後、六識によって了別されます。しかし如来蔵もまた証自証分を有し、自身の働きを反照して了別することができ、それ自体も自らの相分であります。第八識・第七識・第六識の三者が了別する塵境の相分は、次第に虚偽性を増し、ますます真実から遠ざかります。
一切の法は如来蔵の相分であり、七識心と心所法を含みます。如来蔵もまた末那識と意識が了別する相分であり、如来蔵の心所法を含みます。種子は如来蔵の相分であり、成仏後においても、おそらく七識の相分であります。
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