観行五蘊我見断ち(第二部)
第五節 阿羅漢の功徳
原文:この金剛喩三摩地より。無間に永く害し。一切の煩悩品の。粗重なる種子を。その心はこれに於いて。究竟解脱し。畢竟なる。種姓清浄を証得す。諸の煩悩に於いて。究竟に尽きし中に。尽智を発起す。因の尽きたるが故に。当来の苦果は。畢竟として生ぜず。即ちこれに於いて。無生智を起こす。彼はその時に於いて。阿羅漢と成る。諸漏は已に尽き。所作は已に辨(べん)じ。復たなすべきこと無く。自義を証得し。諸の有結を尽くし。已に正しく奉行す。如来の聖教を。心は善く解脱せり。
釈:この金剛三昧以後、無間断に永遠に一切の煩悩品類の粗重なる種子を断除し、その心は諸の煩悩に究竟解脱し、畢竟種姓清浄を証得する。一切の煩悩が究竟に断じ尽くされたると同時に、世間尽智が発起し、煩悩の因が断じ尽くされたるが故に、後世の苦果は畢竟として再び生起せず。煩悩を断じ尽くすと同時に、五蘊世間の無生智が生じる。この時、三果の人は四果阿羅漢となり、諸漏は已に尽き、所作は已に作られ、復た後に有ることなく、三界の結は尽き、已に良く如来の聖教を奉行し、心は善く解脱したのである。
四果阿羅漢には無間尽智と無生智がある。無間尽智とは、無間断に世間の一切の煩悩を断じ尽くし、三界世間の一切の苦を滅し尽くし、如何にして三界世間を出離し解脱を得るかを知る、このような智慧を無間尽智と名づける。無生智とは、五蘊世間が苦・空・無常・無我であることを証得し、五蘊世間が虚妄なるものであることを了知し、従ってまた無生であり、真実ではないことを悟る、このような智慧を無生智と名づける。
原文:已に具足成就せり。十の無学法を。謂わく無学の正見・正思惟。乃至無学の。正解脱・正智を。諸の住中に於いて。及び作意中に於いて。能く己が心に随い。自在に転ず。随って楽住するところに。或いは聖住。或いは天住。或いは梵住の中に。即ち能く安住す。随って楽んで思惟する。所有の正法。能く引き出す世間。或いは出世間の。諸の善き義利を。即ち能く思惟す。
釈:既に具足して十種の無学法を成就した:正見・正思惟・正語・正業・正念・正定・正命・正精進の無学、乃ち正解脱・正智に至るまで無学であり、この十種の法は既に具足し、再び修学する必要がない。一切の所住の中及び作意中において、常に己が心に随い自在に運転し、己が楽んで住するところに随い、或いは聖住、或いは天住、或いは清浄住の中に、直ちに安住することができる。己が楽んで思惟する所有の正法に随い、世間或いは出世間の諸善法の義利を引き出すことができ、直ちに思惟することができる。
原文:聖住と謂うは。空住・無願住・無相住・滅尽定住を謂う。天住と謂うは。諸の静慮・諸の無色住を謂う。梵住と謂うは。慈住・悲住・喜住・捨住を謂う。またその時に於いて。極めて究竟に至り。畢竟に無垢となり。畢竟に証得せり。梵行の边际を。諸の关键を離れ。已に深き坑を出で。已に深き堑を度り。已に能く摧伏せり。かの伊師迦を。是れ真の聖なり。高幢を摧滅し。已に五支を断ち。六支を成就せり。
釈:聖住とは、空住・無願住・無相住・滅尽定住を指す。天住とは、種々の禅定の境界、全ての無色界の住を指す。梵住とは、慈住・悲住・喜住・捨住を指す。また一切の煩悩を断じ尽くした時に、究竟に達し、再び汚垢なく、畢竟に清浄なる梵行の边际を証得し、一切の要害を離れ、既に深き坑を跳出で、既に深き堑を越え、既に能く我慢の高山を摧伏し、真の聖人であり、高慢の幢を摧滅し、既に貪・瞋・癡・慢・疑の五支の煩悩漏を断除し、戒・定・慧・解脱・解脱知見等の六支の功徳を成就した。
原文:一向に守護す。四つの所依止を。最も極めて遠離す。独一の諦実。希求を棄捨し。濁り無き思惟。身行は猗息し。心は善く解脱し。慧は善く解脱す。独一にして侶無し。正行は已に立ち。名づけて已に親近す。無上の丈夫を。具足して成就せり。六つの恒住の法を。謂わく眼は色を見て已りて。喜びも憂いも無く。安住して上捨し。正念正知す。かくの如く耳は声を聞きて已りて。鼻は香を嗅ぎて已りて。舌は味を嘗めて已りて。身は触を覚えて已りて。意は法を了えて已りて。喜びも憂いも無く。安住して上捨し。正念正知す。
釈:常に仏・法・僧・戒の四つの所依止処を守護し、一切の世間法を遠離し、解脱して障碍なく、心中に独り一つの真理を有し、五蘊世間に何ら希求せず、思惟は清浄にして染汚なく、行き来し止まること自在に軽安にして、繋がるもの無く、心は善く解脱し、智慧は善く解脱し、世間に於いて心は一法とも侶とせず、何れの一法にも系属せず、何れの一法の特性も具えていない。正行は既に建立され、無上の丈夫たる仏世尊に既に親近したと名づけられ、六つの恒常住法を具足成就する。即ち、眼が色を見て後、喜びも憂いも無く、安住して上捨し、正念正知する。耳が声を聞き、鼻が香を嗅ぎ、舌が味を嘗め、身が触を覚え、意が法を了えて後、皆同じく喜びも憂いも無く、安住して上捨し、正念正知する。
原文:彼はその時に於いて。領受する貪欲は。余すことなく永く尽き。領受する瞋恚は。余すことなく永く尽き。領受する愚癡は。余すことなく永く尽くす。彼の貪・瞋・癡は。皆永く尽きたるが故に。諸の悪を造らず。諸の善に習近す。その心は猶お。虚空や浄水の如し。妙なる香栴檀の如し。普く一切の。天帝・天王のために。恭敬供養せらる。有余依の。般涅槃(パリニッバーナ)界に住す。生死の海を度り。已に彼岸に到れり。また名づけて任持す。最後の有身を。
釈:阿羅漢はこの時、六塵の境界を領受する際に現れる貪欲は、永遠に余すことなく断じ尽くされ、六塵の境界を領受する際に現れる瞋恚は、永遠に余すことなく断じ尽くされ、六塵の境界を領受する際に現れる愚癡は、永遠に余すことなく断じ尽くされた。貪・瞋・癡が皆永遠に断じ尽くされたるが故に、諸の悪業を造作せず、諸の善法を修習し、その心は虚空や清浄なる水の如く、また妙なる栴檀香の如く、普く天帝・天王たちに恭敬供養される。有余依の涅槃界に住し、生死の海を渡り越え、既に彼岸に到達した。これはまた最後の有身を住持すると名づけられる。
原文:先業の煩悩。引き出すところの諸蘊は。自然に滅するが故に。余の取るもの無く。相続せざるが故に。無余依の。般涅槃界に於いて。般涅槃す。此の中には都て。般涅槃する者無し。生死に於けるが如し。流転する者無きが如し。唯だ衆苦の永滅有るのみ。寂静にして清凉なる滅没。唯だ此の処こそ。最も寂静なり。謂わく棄捨す。一切の所依を。愛は尽き欲を離れ。永く滅する涅槃なり。
釈:以前の煩悩の業によって引き出された五蘊が自然に滅し去るが故に、三界世間に対し再び取着することがなく、後世の生命は再び相続することがない。無余依の般涅槃界において涅槃を得るが、却って般涅槃する者はいない。同じく生死の中にも流転する者はいない。ただ衆苦が永遠に滅尽し、寂静清凉で、一切の法が滅没するのみである。ただこの涅槃の処が最も寂静であり、一切の所依止を棄捨し、貪愛が永遠に尽き一切の欲を離れ、永遠に五蘊を滅尽して無余涅槃に入るのである。
原文:当に知るべし、此の中に。かくの如き相有り。阿羅漢の比丘は。諸漏は永く尽き。習近すること能わず。五種の処所を。一には能わず故思って。諸の衆生の命を殺害することを。二には能わず。与えずして取ることを。三には能わず。非梵行を行い。淫欲の法を習うことを。四には能わず知りて妄語をなすことを。五には能わず貯畜し受用す。諸の欲の資具を。かくの如く能わず。妄りに計らう苦楽の自作・他作・自他俱作・非自他作の無因而生を。また亦た能わず。怖畏す一切の。不応に記すべき事を。また亦た能わず。雲・雷電・霹靂・災雹。及び見る種々の。怖畏すべき事に已りて。深く驚怖を生ずることを。
釈:汝らは知るべきである、阿羅漢果を得ればこのような相貌が現れる。阿羅漢比丘は諸の煩悩漏が永遠に滅尽し、以下の五つの事を再び造作しない:一に、故意に衆生の性命を殺害しようと欲することができない;二に、相手の許しを得ずに自ら相手の物を取ることができない;三に、清浄ならざる淫欲行を造作することができない;四に、明知しながら妄語をなすことができない;五に、貯蔵し受用することができない、全ての資生の需要を満たすための資具を。阿羅漢はまた虚妄に、苦楽は苦楽自性の所作、或いは大自在天の所作、或いは苦楽自性と大自在天の共同所作、或いは苦楽自性でも大自在天の所作でもない無因而生であると計着することができず、また、雲・雷・電・霹靂・雹、及び種々の恐怖事に対し深く驚き恐怖する畏れを抱くことができない。
原文:当に知るべし、此の中に。金剛喩定の摂する作意を。名づけて加行究竟作意とす。最上の阿羅漢果の摂する作意を。名づけて加行究竟果作意とす。この如き等の。多くの種の作意によって。出世間道に依って証得することを究竟す。この如き一切を名づけて声聞地とす。これは一切の正等覚者の説かれた所。一切の声聞に相応する教法の根本なり。一切の名身・句身・文身の如く。是れ製造する所の文章・咒術・異論の根本なり。
釈:知るべきである、修道の中に於いて、金剛喩定が摂受する作意を、加行究竟作意と名づけ、最上の阿羅漢果が摂受する作意を、加行究竟果作意と名づける。このような多くの種の作意によって、出世间道に依って初めて究竟を証得することができる。このように一切の種々を声聞地と名づける。これは一切の正等覚者である諸仏の説かれた所であり、一切の声聞に相応する根本教法である。あたかも一切の名身・句身・文身が、文章・咒術・異論を製造する根本であるように。