五蘊を観じて我見を断ず(第一部)(第二版)
五蘊十八界の虚妄を観行するには、観行の前に、五蘊十八界の概念と内包をはっきり理解しておかなければならず、また定力を修得してから、五蘊の中の各蘊を一つずつその苦性、空性 (śūnyatā)、無常性、生滅性、変異性、無我性について思惟し、五蘊の範囲をすべて見つけ出し、できる限り全部観行する。身口意行の造作の当下において、五蘊のそれぞれの機能・作用を分け、さらにその苦性、空性 (śūnyatā)、無常性、無我性を観察する。十八界も同様で、それぞれの界ごとにその内包をはっきり区別し、一つずつその苦性、空性 (śūnyatā)、無常性、生滅性、変異性、無我性を観行し思惟する。最後に一つの結論を導き出す。すなわち、五蘊十八界は我に非ず、不異我、不相在である。こうすれば我見 (satkāya-dṛṣṭi) を断つことができる。もし定力が十分でなく、慧力 (prajñā-bala) が十分に強くなければ、仏が教えられた四念処観の観行 (vipaśyanā-caryā) の方法に従って修行すれば、定と慧が同時に増加し、その成果は顕著である。
五蘊とは色受想行識であり、色身と識心の二つの部分に分けられる。色身の機能が色蘊であり、識心の機能が受想行識の四蘊である。断我見 (satkāya-dṛṣṭi-prahāṇa) には、色身の我見 (satkāya-dṛṣṭi) を断つことと、識心の我見 (satkāya-dṛṣṭi) を断つことの、この二つの部分が含まれる。