禅定の修めと参禅証道(第一部)
禅定は外道にも通じており、禅定があれば必ず道があるというわけではないが、禅定がなければ必ず道はあり得ず、禅定を離れては道業を成就することは不可能である。定力のない人は心思が粗く、より深い仏法の理を参透することはできず、それでは真に我見 (satkāya-dṛṣṭi) を断じ明心することも不可能である。それゆえ参禅には極めて優れた定力が必要であり、参禅の前に必ず禅定をしっかり修め、未到地定 (anāgamya-samādhi) が具足してから参禅しなければならない。
歴代の祖師はみな弟子に禅定を修めさせた。過去の寺院に設けられた禅堂は、学人が座禅して定を修め参禅するためのものであった。唐宋時代の修行人は誰もが禅定を有していた。当時は経書が非常に希有で遇することが難しく、ごく稀にしか出会って学ぶことができなかったので、学仏の人はただ座禅して定を修めるしかなく、それゆえ彼らの定力はみな優れていた。静中の定も動中の定も具足し、心は外に縁せず、常に定の中にあったので、禅師が仏法の真実義を開示した時に出会えば、直ちに悟入することができ、またいつでもどこでも世を離れ投生することができ、心の赴くままに自分の学仏修行に適した父母の家に投生することができた。
あれほど優れた定力を具足していたので、禅師たちが上堂して機に応じて法を説くと、堂下で開悟する者がいた。過去の学仏の人は二六時中ずっと参禅し、ずっと仏法を思惟していたので、縁に触れると直ちに悟ることができた。彼らは当時あまり多くの禅法の知見を持たず、多くの仏法の理論も持たず、如来蔵 (tathāgatagarbha) の真如心のいくつかの体性を知り、かつ信受して疑わなかったので、参禅を始めて如来蔵を尋ね求めた。それゆえ現在の人より悟るのが速く容易であった。それは戒定慧が具足し、善根福徳も具足していたからである。過去の禅師の説法の言葉は比較的隠晦で、表現があまり直接的で露わではなかった。もし学人の戒定慧が具足していなければ、証悟することは非常に難しかった。今とは違って、当時は仏法がはっきり説かれていなかったのに、今は仏法がすでに非常に明確に説かれているのに、学人は依然としてその意味を解していない。
<h4 style="text-indent: 2em;">二、禅定が適切であって初めて悟道が保証される</h4>参禅には色界の初禅定あるいは初禅以前の未到地定 (anāgamya-samādhi) が必要であり、これによって初めて真心如来蔵 (tathāgatagarbha) を参究することができ、悟道することができる。すなわち欲界の最高の禅定と色界の最も浅い禅定に相当するのであり、定がそれより深くても浅くても、普通の人は用心して参究することができなくなる。定がさらに深くなって二禅に入ると、眼は色を見ず、耳は声を聞かず、五識がなく、意根と意識心だけがあるので、一般の人は六塵の上で参禅して証道することができない。如来蔵の証悟は身口意行の造作の当下、とりわけ身行と口行の造作の当下にあり、真妄が和合する時に初めて真心如来蔵を証得できるので、この時には五識の参与が欠かせず、意識の分別了知の力もあまり弱くてはならない。
意識が微弱でほとんど現行しない時は、真心如来蔵を実証することが非常に難しい。極めて優れた根器 (indriya) でないなら、深い定に入って明心開悟することを期待してはならない。定が浅い、あるいは定がないと、意識心は比較的散乱し、心思が粗躁となり、智慧を開いて真心を悟ることもできない。中間の未到地定あるいは初禅定の中では、意識は散乱せず、話頭に専念することができ、意根を牽引して参究させることができて、初めて悟道できる。
開悟は意識の制心一処を離れることができず、専心致志するこの専注力を離れることもできない。それゆえ参禅の開悟は、定が非常に深い状態でも、定が非常に浅い状態でも悟ってはならない。凝心一処、制心一処の禅定の功夫を修出した後、さらにこの一処が何処であるかを知らなければならず、この時参禅の方向と入手処がどこにあるかを知らなければ、やはり悟ることができない。何を悟るのか、悟る標的が何であるかを知らなければならず、知らなければ、やはり開悟するすべがない。
明心の後、智慧が開き、如来蔵がどのように五陰七識の運作に配合しているか、身口意行がどのように造作されるかを現量で了知することができる。如来蔵の粗浅ないくつかの体性を観察し出すことができ、その後さらに世間の事柄が生起する因縁を知ることができるようになる。もし甚深な四禅定を修出していなければ、神通はあり得ず、世俗上の隠秘の事も知ることができない。これは禅定が単独で解決する問題であり、般若 (prajñā) の智慧とは無関係である。開悟の境界と禅定の境界は異なり、両者を混同してはならない。一切を知悉することは神通禅定の境界であって開悟とは無関係であり、虚空粉碎・大地平沈は禅定の境界であって、これも開悟の智慧の境界とは無関係である。
<h4 style="text-indent: 2em;">三、参禅の条件が具足しないうちは急いで参禅してはならない</h4>戒定慧がまだ修まっておらず、六度が具足していない時は、まだ参禅の時ではない。それゆえしばらく参究を控え、禅定が追いつかなければならない。もし禅定が不足していれば、観行 (vipaśyanā-caryā) に力を用いることができず、観るものも深く透徹したものにならず、霧の中で花を見るがごとく、観行は意識の研究分析となってしまう。似通った結果を研究し出すことはできても、身心は何の利益も受けず、何の功徳受用もない。これは非常に取るに足らないものである。
菩薩の六度さえまだ具足していないのに、急いで参禅すれば、往々にして事は願に反する。師父は皆に苗を抜いて伸ばす手助けをしない。あなたたちも自分で苗を抜いて伸ばす手助けをしてはならない。一本の小さな苗木が、生え出したばかりなのに、一米の高さまで引き抜かれたら、この幼苗はまだ生きていられるだろうか。幼苗が死ねば、小樹も大樹も望みはなくなる。学仏のこの一生が解悟にされてしまえば、この一生の人材が廃棄されるだけでなく、後世のこの人も人材になることが容易でなくなる。苗を抜いて伸ばす手助けは、一生を損なうだけではなく、次の一生の棟梁さえも成就できなくし、棟梁となる機縁を失わせてしまうのである。
多くの人が私に早く禅三を開くよう勧める。私はなぜ禅三を開くのかと尋ねると、彼らは三日間参禅を導いて開悟の準備をさせるのだと言う。皆に聞こう、私は三日で皆を開悟させられるだろうか。香厳禅師は師の傍らで十八年間侍者を務め、あの根器 (indriya) であの方便の条件があっても開悟しなかった。今の末法時代の衆生は、禅定がなく、戒を持てず、菩薩の六度が具足していないのに、三日の機縁を与えれば開悟できるだろうか。それなら釈尊が世間におられた時、娑婆世界の末法時期には何人の人が開悟することになるのか。釈尊はなぜそのようにしなかったのか。しかし三日間で皆を悟らせることができないわけではない。一言のことであり、難しくない。しかし皆がそのように悟った後、どのようになるだろうか。娑婆世界はどのようになるだろうか。仏法の行方はどのようになるだろうか。
古代に禅師がいて、弟子が狭い道で待ち伏せし、刀を持って威嚇し、禅師に密意を言えと迫ったことがあった。禅師はこのような事柄に直面しても少しも恐れず、直答しようとしなかった。ただ弟子を一押しで突き放して言った。「お前が来る、私が行く」。これは弟子に対して高度に責任を負う師父であり、売買や取引をせず、自分が度した弟子が多いことや自分の有能さを誇示することもない。弟子の因縁条件が具足すれば自然に悟り、因縁条件が具足しなければさらに六度の条件を補い続け、戒定慧を修める。決して宗門を人情として送り与えることはしない。古代にはこのような実例が多くあり、これこそ仏教と衆生に対して責任を負う良い禅師であり、このようにしてこそ四重恩に報いることができ、個人の名聞のためにはならない。
仏法が長く流れて弊害となる。実は釈尊滅度後一百年の時にすでに弊害が生じ始め、少しずつ変質し始めていた。生滅法を水老鶴と言い換えたことは、すでに阿難を痛心させ、堪えられず涅槃して去らしめた。もし阿難が仏法がすでに二千余年流布した今の世間に来たら、おそらく彼は一日も留まりたくなく、少しの悪法悪習も知りたくも容れたくもないだろう。幸い彼は四禅と神通を修出しており、言えばすぐに立ち去る本事があり、眼に見なければ心も煩わされないでいられた。彼のような本事のない菩薩はどうすればよいのか。ただ容れ、受け入れ、さらに悪い風潮を転化する方法を考えるしかなく、退路はない。
<h4 style="text-indent: 2em;">四、定力が深くなって初めて意根が参究できる</h4>話頭を参ずるというのは、如来蔵を直指する一句を参究することであり、すなわちこの句の真実義を明らかにし、如来蔵の真実の作用を現前観察して、如来蔵を証得することである。一句に含まれる密義を参究するのも同じ意味であり、この句の真実義を明らかにしたいのである。参究の功夫をしている時、意識の表面の粗浅な思惟は比較的少なく、その心理活動は内心の深層の思惟活動を主とし、その心は専一かつ深く、一句の実質と深層の含意を参究し出すことができる。定が浅ければこれはできない。
功夫をしている時の無所念而念とは、意識の表面には念頭がなく、法を念ぜず、しかし意根の深処にはまだ念があり、心の中に念頭が絶えず懸かっていることであり、これが参究の功夫と状態である。意根で功夫するのは容易ではない。定力が不足しているからである。本当に意根が用功する境地に達すると、意識にも容易に観察できなくなる。意根の作用はあまりにも隐蔽で、意識の観察の智慧は非常に薄弱なので、いくらか力不足を感じる。
参禅の疑問・疑情は目標に切近いほどよく、範囲は小さいほどよい。これは人探しと同じ道理である。範囲を全国に設定すれば、設定しないのと同じであり、ある具体的な地域に設定すれば、すぐに人を見つけることができる。ただ設定する範囲が小さければ小さいほど、必要な証拠資料が多く、知り得た情況が多く、智慧が深細でなければならない。禅宗で最も直接的な話頭は「死屍を拖くのは誰か」であり、行蘊の上で如来蔵を証得するのが最も速いが、証量はやや小さく、智慧はやや浅い。もし唯識の上で悟ることができ、識心の究竟の由来の処まで悟れば、一通百通であり、とりわけ意根の功用の上で悟るのが最も直接で究竟徹底している。
<h4 style="text-indent: 2em;">五、無念無想の定は愚痴の定に等しい</h4>長期間無念無想の定を修める人がいるが、どれだけ長く修めても初禅は現起せず、見道して智慧を開くことも不可能である。このように修めるのは貴重な学仏の時間を浪費しているのである。長期間無念無想で、仏法に対する如理の思惟観行がなければ、いかなる智慧も生まれず、証道できず、命終の時にこの有漏身をどのように安置するのか。定力が修まり、知見が具足した時は、禅定の中で参究の念頭がなければならず、もはや百無所思であってはならない。念頭があり疑情があってこそ、疑情を破除し、智慧を得ることができる。定がなくて疑情があるのは、聞き苦しい言葉で言えばやみくもな推測である。
もし身体だけを修め、心を修めなければ、どれだけ長く入定しても初禅定は現れない。欲界に対して離欲し、貪を去り執着を去ってこそ、初禅定が現れるのである。長期間未到地定 (anāgamya-samādhi) の暗黒の境界の中に安住して、何の益があるのか。
<h4 style="text-indent: 2em;">六、修行は定慧等持でなければならない</h4>仏は菩薩たちの修行は定を修めることと慧を修めることに長け、できるだけ定慧等持にすべきだと説かれた。もし自分の定が多く慧が少ないと気づけば、多く慧を修めるべきであり、もし慧が多く定が少なければ、多く定を修めるべきである。菩薩はみな慧が定より大きいが、定慧の間の差もあまり大きくしてはならず、さもなければ仏法の修行が阻害される。外道は定あって慧なく、羅漢は定多く慧少なく、菩薩は慧多く定少なく、仏は定慧等持である。
菩薩が真に成就した標識は慈悲喜捨の四無量心であり、これらの心性があってこそ、この人が真に衆生を利楽できる菩薩であることを表す。狂慧のある人がいるからといって、その人が真の菩薩であるとは言えない。心性が調柔でなく、我心も重く、衆生を利楽できないからである。それゆえ我々が学仏修行する上で最も重要なのは、菩薩の慈柔な心性を修出し、衆生に対して悲しみ捨てることであり、修行の最も根本的な目的は衆生のためであって、一己の私利のためではない。真の菩薩はこのような心念でなければならない。
<h4 style="text-indent: 2em;">七、定慧を斉修してこそ正しい修行である</h4>修行は必ず定慧を斉修しなければならず、釈尊が我々に教えられた戒定慧を斉修する方法に従って修行し、釈尊の教えを離れて自分の思い通りに修めてはならない。それは駄目である。今この世間に現存する環境条件の下では、衆生はみな定を修めるのが困難であるが、定が修めにくいからといって、動中定だけを強調したり、粗浅な定があればそれでよいとだけ強調したりしてはならない。定の浅い人は煩悩や是非が非常に多く、一つの団体は非常に混乱し、皆が一緒にいれば多くの葛藤と矛盾が生じ、争いが非常に激しくなる。そうなればどの団体も和合団結できず、仏法が次第に消失滅亡し、仏教は崩壊してしまう。しかも定の浅い人は観行が非常に力を発揮できず、口ではもっともらしく、筋道立って、滔々と語っていても、そのほとんどは外から学んだものであり、自分で功夫して観行から出したものではない。それゆえ自分の智慧に属せず、生死の問題を解決するすべがない。